益若つばさが洋服やコスメのプロデュースに至ったきっかけ、こだわりとは?

コスメやアパレル関連の様々なアイテムをプロデュースし、経済効果は100億円以上と言われた益若つばさ。モデル、タレント、ファッションブランドやコスメブランドのプロデュースと幅広く活躍中の益若さんに自身の性格、こだわりなどについて語って頂きました。

今日のファッションのポイントは?

これは自分でやっている「EATME」というブランドの(黒色の)ワンピースです。
私が絵型から書いたお洋服なんですけど、基本的にちょっとゴシックだったり、モードさが入っているような絶妙なお洋服が好きで、大人になっても着られる甘さだったり、品があるとかそういったものが好きで書きました。

 

ブランドを立ち上げる際に勉強はしたんですか?

洋服とかコスメの勉強はしていないです(笑)
今したいぐらいで教科書を買ったり、後から始めていることが多いです。
見よう見まねで(やっています)実際はプロの方がいて、私は基本的にクリエイティブディレクターとして世界観だったり、洋服も全型やるというよりは、本当に欲しいものだけをちょこちょこっと書いて「これを上手にもう一回清書でお願いします」という形なので、全然素人レベルなんです(笑)

 

幼い頃からお洋服は好きだったのですか?

そうですね。
本名は漢字で「翼」なんですけど「キャプテン翼」から男の子のイメージが強いみたいです。
それが結構コンプレックスで、おうちに帰るとスカートに履き替えて、木登りや虫取り、犬と遊んだりとヤンチャだったんですけど、いつも可愛いワンピース着て、どこに行っても「つばさちゃんだね」って言われるように髪の毛を伸ばしたりしていました。
そのコンプレックスからお洋服が好きになったっていうのはありますね。

 

10代から20代で好みは変わりましたか?

10代のころは結構アメカジっぽかったり、カジュアルが多かったんですよ。
下北沢とか原宿の古着が好きだったので、ネクタイをデニムの腰に巻いていたりとか、埼玉出身なんですけど埼玉では結構浮いていて、一周回ってお母さんにいつも“ダサいダサい”って言われる個性のある子でしたね(笑)
そこから20代になって1回、大人っぽくしたほうがいいんじゃないかと葛藤しながらも結局は自分の好きなものを着たらいいんじゃないかと今は思えるようになりました。

 

チャレンジすることの大切さ

今の若い世代の方によく言うのは、本当に失敗してもいいから何でもやりたいと思ったことはチャレンジした方がいいよって。
恥ずかしいって事はいっぱいした方がいいんだよって言っています。
私、大体恥ずかしいですもん!昔の写真とか(笑)なんでこんなにメイク濃いんだろうとか(笑)
昔、日焼けサロンの店員で週2、3回ぐらい焼いていたんですけど、日サロで焼いていたからシミは一つもないんですよ。
ギャルでも外では日焼け止めを塗っていて、日焼けサロンの中だけでタンニングしていたので、シミにならずに綺麗に焼けて大人になっても白くなれます(笑)
だから意外とヤンチャしても知識さえしっかりしていれば大丈夫だよってことなんです。

 

絶対に欠かさないスキンケアはありますか?

保湿だけは絶対にしますね。
お風呂の時にまずオイルを塗って、その上にパックをして湯船に入ります。
女性だと乾燥で、肌がカサカサする時期があるじゃないですか。その時はスチーム効果でつるつるっとなって、お風呂上がった後にまたスチーマーをして化粧水とか乳液をするんですけど、とにかく保湿だけはしようと思ってます。

結構他は適当なんですけど、そこだけは怠らないようにしています。

コスメも発色が良くて落ちにくいものを作るのは、自分が本当に面倒くさがりなので、忙しい時にパッとメイクしてパッと発色して落ちないものを作りたいって極めた結果、今の「CandyDoll」とか、「DollyWinkとかのコスメになっています。

「EATME」のお洋服も普通は後ろのスナップがボタンを入れるタイプなんですけど、フェイクのボタンを付けてパチンとスナップで付けられるようにしたのは私が面倒くさがりだからです(笑)

 

DollyWinkCandyDollが生まれたきっかけは?

息子が生まれる時に、雑誌とかを全部卒業するって言ったんですね。
今より10年以上前なので子供が生まれるイコール1つの職を失うことが当たり前の時代で、ワーキングマザーが流行っていない時だったので、全てを辞めることが普通だと思っていたんですね。

全部辞めようと思っていた時、会社の方に「つばさが家にいてもちゃんと収入が入るようにプロデュースをしてみたらどうだ」って言っていただいて、その当時はプロデュースと言ったら神田うのさんがブライダルをやられていたぐらいで、それ以外はなかった時代なのでプロデュースって何だろうっていうところから始まりました。「まずはコスメを作ってみないか」って言われて、作り出したのが「CandyDoll」でした。

リップから始めて、1つやると「もっとこういう風にできたな、悔しいな」っていう思いが強くなってきました。
次はこうしてみようとか、ちょっとずつ売れてくるとできる幅も広がってきて、パッケージやフォント、撮影のイメージも全部やるようになりました。

その当時、テレビに出させていただくようになって、プロデュースした物も同時に広がり、経済効果が100億円という風にテレビにつけていただいて、知らない間にそういう人みたいになっていました(笑)

 

街中で自分の洋服を着てくれている方を見て実感湧きますか?

アパレルをやっていて、一番嬉しかった事ですね。
洋服だと街中でショップ袋を持っていれば分かるのと、今はSNSがあるのでハッシュタグとかで見れば“こんなに可愛く着てくれているんだ”っていうのが分かりやすいのでそれは凄く嬉しいです。