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10月24日 小原信治の草の根広告社
『ぼくのなつやすみ2014』
 
 都会で暮らしていた30代の頃は、年に一度長い長い、旅をした。
 広い空を見上げ、風を感じ、どこまでも続くまっすぐな道を走り、たくさん笑って、ちょっとだけ泣いたりする、そんな旅だ。そして、そんな旅の延長線で辿り着いたのが、旅先で何度も心を癒やしてくれた大きな海と小さな畑という、命育む自然と寄り添いながら都会を行き来する、今の暮らしだ。

 この場所で、旅先でしか出逢えなかったような「発見」や「感動」が日々の暮らしの中にもたくさんあることを学んだ。気がつけば、あの頃のような「旅に出たい」という強烈な欲求は自分の中から消え去っていた。が、そんな自分に不安を感じてもいた。満足して歩みを止めてしまえば、そこで終わる。都会や旅先で受ける刺激やストレスも、発展途上の僕には、時にお金を払ってでも必要な栄養なのだ。

 10月の初めに、お休みを頂き、取材仕事も兼ねて旅に出た。10時間以上のフライトはおそらく2008年の北欧の旅以来かもしれない。
 最初に降り立ったのはフランスのボルドー。同性婚の合法化に反対する人たちによる1万人規模のデモ行進に揺れる旧市街のホテルで荷をほどいてから、今度は列車に揺られること1時間。どこまでも続く静かな葡萄畑の中で、とある「モノ作り」に取り組んでいる日本人の方を取材した。六次産業化で「儲かる農業」ではおそらく世界一の可能性を秘めたモノ作りだと改めて確信した。もっとも御本人は「儲かる」から始めたというわけではないのだけれど。やはり「モノ作り」でお客さんを心から満足させられるかどうかは、その仕事が「どれだけ好きか」の一点に尽きることを改めて痛感させてくれる方だった。神は細部にのみ宿るのだ。

 仕事を終えた後は観光も兼ねてボルドーに滞在。朝食のクロワッサンとフレンチローストのコーヒーが最高にうまい。喫煙率の高いフランスの女の子たちのファッション。90年代のパルコ少女を思い出して甘酸っぱい気持ちになる。
 都会の喧噪がわずか2日で息苦しくなって来た頃、今度は3時間ほど列車に揺られ、フランスバスクの海辺の小さな田舎町サンジャンドリュズへ。うららかなバスクの海の前でようやく旅先での開放感に浸る。やっぱり自由を感じることのできる海が好きなのだと改めて思い知る。

 ボルドーの市街地では言葉の不自由さがどんどんストレスになっていた。伝えたいのに伝わらない。知りたいのにわからない。知的欲求不満。普段、情報のほとんどを言葉で得ていることを改めて思い知ったが、ここに来て解放されたからか、僕自身にも笑顔が増えたことでコミュニケーションがとてもラクになったと感じた。

 再び1時間ほど列車に揺られ、南へ。車内で知り合ったおじさんに手作りのピノーデシャラント(日本で言うところの梅酒だ)を頂き、ほろ酔いで辿り着いたのはサンセバスチャン。映画祭などで訪れた福山さんからも素晴らしい場所だよと勧められたスペインバスクにある食の都だ。

 海辺の旧市街に立ち並ぶバルを巡った。ボデガという幅広のグラスに注がれたチャコリという発泡酒を飲みながら、ピンチョスという創意工夫に富んだ一皿料理をつまむと「ラ・クエンタ・ポルファボール!」と10ユーロほどで会計を済ませて次の店に移る。3〜4軒回った頃には程良く酔いも回り、お腹もいっぱいになっていた。

 翌日は鎌倉でお店をやられているシェフが以前働いていたという山あいのレストランへ。この店も含めてサンセバスチャンにはミシュランの星付き店が9軒もある。人口わずか16 万人の小さな町にもかかわらず、だ。

 そんな喰い倒れの街でさんざん飲み食いする分、日中は少しでも消費しようとうららかな太陽の下、持参した真っ白なビーサンで、ひたすら砂浜を歩いていた。カメラ片手に波間や雲間にたくさんの光を追い掛けていた。潮風を浴びながら、普段このビーサンで踏み締めている地元の浜と海の青を思った。この岸辺に打ち寄せる波が今度は返す波となって遠い遠い旅をしていつもの浜に打ち寄せているんだな、というごくごく当たり前の事実に感動したりしながら。
 結局のところ、海が好きなのだ。結局のところ、海のある今の暮らしが好きでたまらないのだ。そりゃそうだ。今みたいに海に寄り添って暮らすまでは、それこそが旅の途上で見つけた人生における「憧れ」だったのだから。それを手に入れてしまったからこそ、以前ほど「旅」に出たいと思わなくなっていたのだろう。

 でも、今回の旅が、地球の裏側にあったまだ見ぬ暮らしが、新しい出会いが、僕に人生における新たな「憧れ」をくれた。その「憧れ」をいつか手にする為に、今日からまた生きてゆくのだ。
 真っ白なビーサンを履いて、大好きな海と寄り添いながら。

小原信治
投稿時間:2014-10-24 01:52:25
 
10月16日 小原信治の草の根広告社
『西暦3014年の富士の高嶺に雪は降りつつ』
 
 朝いつものように海を見渡すと、先日まで真っ黒だった山が富士山になっていた。昨日の冷たい雨の中、灰色の雲で姿を隠しているうちに雪化粧したのだろうか。ラジオをつけると「初冠雪を記録した」ことがニュースになっていた。

 神奈川で育った僕は子供の頃からいつもどこかに富士山を見ていた。苦手な「集団」の中で過ごさなければならないこの時間が一秒でも早く通り過ぎてくれることだけを願っていた学生時代は、窓際の席で頬杖をつき、ぼんやりと富士山を眺めていることが多かった。そこにある富士山はいつも雪化粧をしていた。

 夏の富士山が真っ黒であることを改めて意識したのは、海の向こうに富士山を望むこの場所で暮らすようになってからだ。でも、冬が来る頃になるといつの間にか雪化粧を終えてしまっていた。学生時代の衣替えのような、そのはっきりした変わり目に立ち会うというか、意識することができたのは、今日が人生で初めてのことだった。もちろん、初雪はもっと前だし、そもそも富士山から雪が完全に消えるのは7月22日前後のたった一日だけで、その夜にはもう雪が降って来ると万葉集でも詠われているくらい、富士山では初雪すら曖昧なものらしい。それでも今朝、海を見渡したときの雪化粧には、なんとも言えない感動があった。それは初冠雪を目の当たりにしたのが人生初の経験だったからかもしれない。そしてそれは、夏の真っ黒い富士山を見続けていないと味わうことができないものなのかもしれない。

「田子の浦に うち出でてみれば 白妙の
 富士の高嶺に雪は降りつつ」

 教室の窓際で頬杖をつきながら捲ったページに載っていた1000年以上前の和歌を教科書のインクの匂いとともに思い出した。そうか。今見ているのは1000年以上前の誰かも見ていた冬支度の景色なんだと思うと、遠くに感じていた時間も一瞬だけ近いもののように思えた。アンドロメダくらい遠くに感じていた卒業までの長い長い時間も、今が戦時下のような異常事態の渦中であることを意識させられるたびに「30年後か」と溜め息をつくぐらい遠くに感じる「あの頃の何気ない日常」も。

 1000年後の誰かは、冬支度のこの景色をどんな気持ちで見ているのだろう。

小原信治
投稿時間:2014-10-16 20:10:35
 
10月9日 小原信治の草の根広告社
『猿は猿を殺さない?』

「猿は猿を殺さない(APE SHALL NEVER KILL APE)」
 でも、人間は人間を殺す。だから人間は猿より劣る。そんな猿の正義を担保に革命を起こし、猿が人間を支配する地球を作り上げた映画『猿の惑星』。僕が子供の頃から何度も繰り返し見たそのシリーズで刷り込まれた、チンパンジーは平和主義、ゴリラは好戦的、オラウータンは知的で政治や学者向きというキャラクターが事実とは全く異なる見解だということをこの夏に携わったある仕事で思い知らされた。

 構成として参加させて頂いた今週土曜午後7時30分から放送の『ホットスポット最後の楽園シーズン2 プロローグ「生命を巡る地球の旅」』。その中でもチラリと登場する「東アフリカ大地溝帯」における類人猿たちの営みとそれぞれのキャラクターは人間が70年代に『猿の惑星』や『キングコング』で描き、抱いてきたイメージとは全く違っていたのだ。詳しくはこのプロローグを始め、翌日からいよいよスタートする『ホットスポット最後の楽園シーズン2』を見て頂きたいのだけれど、類人猿から進化した自分が一体どの猿に一番近い「宿命」を背負っているのかまで考えさせられるドキュメントになっている。

 この夏、そんな素晴らしいドキュメントのプロローグ篇に参加させて頂いて改めて感じたのは、4年半に渡って福山さんとともに地球を旅してきたNHK自然科学番組チームの皆さんの凄さだった。自然や生き物に対する知識や見識が高いのはもちろんのこと、ひとり一人が人間としてもとても魅力的なのだ。中でも僕と同じように海の側で暮らしているディレクターの岡部さんから伺った子供の夏休みの自由研究を手伝った時のエピソードは「それってもはやNHKスペシャルで放送できるんじゃないの?」というくらいのクオリティだった。
 また、「この少ない人数で作ってるんですか?」と思うくらいの少数精鋭なスタッフ陣にはチーム全体としての強い信頼関係と高い結束力があった。そして、もちろんその中心には福山さんがいた。ともに地球を旅しながら、同じものを食べ、同じものを見て、感じるという共通体験が築き上げてきたのであろうそのスペシャルなチーム感は惚れ惚れという域を越え、軽い嫉妬すら憶えるくらいだった。

 そんなスペシャルなチームだからこそ、この素晴らしい番組が作れたのだろう。長い長い時間を掛け、地球を何周も旅しながら、苦心して撮影してきた貴重な映像の数々を、ぜひこの地球という星で生きるひとりでも多くの人に見て感じて考えて貰いたいと、微力ながらプロローグに参加させて頂いたひとりとして強く思う。

『ホットスポット最後の楽園Season2
 プロローグ 生命を巡る地球の旅』
 放送は今週土曜午後7時30分からです。

小原信治
投稿時間:2014-10-09 16:13:15
 
10月2日 小原信治の草の根広告社
『自由は心の中にある。』
 
 公演中の舞台『マルガリータ〜戦国の天使たち〜』を観劇させて頂いた。
 戦国時代の長崎で生きた「天正遣欧少年使節」の数奇な生涯を描いた作品だ。
 
 天正遣欧使節。織田信長がキリスト教と南蛮貿易を奨励していた、1582(天正10)年に、日本初のキリシタン大名として長崎港を開港した大村純忠らがローマ教皇のもとに派遣した少年たち、ということぐらいしか学校の日本史では習っていなかった。
 だから、8年間キリストの教えや南蛮の文化学んで帰国したとき、世が「バテレン追放令(キリスト教の宣教と南蛮貿易に関する禁制令)を出した豊臣秀吉の時代となっていた、という彼らの不運なその後までは知らなかった。

 僕らが国の機関である学校で教えられた日本の歴史は数多くの資料が残る政治を中心としたマクロな歩みであり、言い換えれば時の権力者が過ちを繰り返しながら積み重ねてきた歴史だ。そこで生き、翻弄され、闇に葬られてきた人々のことは残された資料も乏しく、知る機会は少ない。

 原作が松本清張賞を受賞した『マルガリータ』という史実を元に書かれた小説(ちなみに作者の村木嵐さんは故司馬遼太郎夫人の個人秘書もされているそうです)なのですべてが真実だとは言い切れないけれど、時の権力者が政権運営に都合の悪い思想や団体を「法と言う一方的に作られた正義」で弾圧していたのは事実だ。そして、同じようなことが今だって皆無だとは言い切れないし、この先起きないとも言い切れない。改めて、政治と経済について、宗教について、そして、ひとりの人間としての「心の自由」について考えさせられた。

 堀田善衛という作家の方がモンテスキューの言葉を引用・解釈したこんな言葉がある。「神は森羅万象、天地、生き物、人間、地域、風、そのほかすべてを作ったけれども、神は国民国家というものは作ってはいない」。国民国家というものは人間が16世紀頃に発明したものだ。存在が自然なものと比べ、人によって作られたものは存在そのものが不自然であり、どこかしらに必ず不備や綻びがある。そんな不自然で不完全な存在である国家や政治に対して、自然な存在である「心」というものの自由さを僕らはどう尊重し、守ってゆけるのだろう。

 そんなことを考えさせられながらの、あっという間の2時間45分だった。ちなみに企画・プロデュースを手掛けたのは、『福山エンヂニヤリング』やドラマ『未来世紀シェイクスピア』などで何度もお仕事をさせて頂いている座間隆司さん。かつて一緒にモノ作りをした仲間が今も第一線で素晴らしい仕事をしていることにも、とても大きな刺激を貰った。

 舞台『マルガリータ〜戦国の天使たち〜』は東京六本木のEXシアターで10月5日日曜まで。

小原信治

投稿時間:2014-10-03 12:57:18
 
9月25日 小原信治の草の根広告社
『深呼吸の必要』
 
 雨上がりの夕焼けを見る為だけに、浜に向かった。
 無心で高波と戯れるサーファーと秒単位で表情を変える空のオレンジ。深呼吸する。ここ数日分の、身体の中に溜まっていた憂鬱な空気を思い切り吐き出してから、肺の中いっぱいに潮風を吸い込む。
 ここが「地球」であることを再確認し、10分前まで坐っていたパソコンの前に戻ると、さっきまでとは違う言葉が書き出せるような気がした。

 こういう「人生に必要な深呼吸」を、都会で暮らしていた頃は年に一度の旅の空の下でしていた。建物の中でたくさんの情報に溺れていると忘れてしまいがちな「ここが地球であること」を思い出していた。
 今思えば、よく耐えていられたなと思う。あの頃は今よりもストレスに強かったんだろうか。それとも、世の中があの頃よりも殺伐としてしまったんだろうか。自律神経の弱さにかけては自信のある僕のことだ。今もあの暮らしを続けていたら、きっとどこかに異常をきたしていたんじゃないだろうか。

 「ワークライフバランス」という言葉を最近よく耳にする。仕事と生活のアンバランスが引き起こす様々な悲劇を抑える為に、自分に合ったバランスを整えることなんだそうだ。今日見たニュースでは「若者が正社員で働くのは負け」だと、週休4日で15万円の”ゆるい就職”に多くの20代がひきつけられていたるという。少し前に見たドキュメンタリーでは団塊の世代が「定年後は田舎に引っ込んでのんびり釣りとか畑仕事をやりたい」と言っていたのを聞いて、「だったら若いうちからずっとそういう生き方を選べばいいのに」という30代の人たちがいた。

 自分自身のワークライフバランスを改めて考えたことはないけれど、おそらく「自分にとって最高だと思えるシンプルな人生」を見つけることなんじゃないだろうか。30代の頃に貰った様々な旅の体験と、40代になって全国の農業家さんたちを訪ね歩くようになった経験とが、ある日脳内で生み出していたこの言葉が、僕にとっての最高のシンプルな人生だ。少なくとも今のところは。

「日が昇ったら起きて、畑で汗を流して、
 自分たちで作ったおいしいごはんを食べて、
 笑い合って、日が沈んだら眠りにつく。
 ときどき、ひとりで空を見上げて、泣いちゃったりもする。
 そんな当たり前の暮らしを大切にし続けること」

 本来、生きることはとてもシンプルなはずなのに、どんどん複雑になってしまっている。そのせいで、たくさんの悲劇が生まれている。人の命はとても脆いし、人の心はそれ以上に脆い。

 ひとりでも多くの人がそういう悲劇を回避できるよう、そして悲劇の連鎖が起きないよう、ひとりでも多くの人が自分の人生に必要な「深呼吸」をと、パソコンの前で胸一杯に吸い込んだ潮風を、ゆっくりゆっくり吐き出しながら、思った。

小原信治
投稿時間:2014-09-25 20:11:57
 
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