福山雅治のオールナイトニッポンサタデースペシャル 魂のラジオ 毎週土曜日23時30分から25時までオンエアー。
魂ラジブログ
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11月20日 小原信治の草の根広告社
『また、旅が始まった。』

 全国ツアーというと、いつも思い出すのが、昔、何かのインタビューで読んだ辻仁成さんのこの言葉だ。
「エコーズのツアーの最中、ライブが終わった後、メンバーやスタッフと飲みに行かずに、ひとりホテルで書いたのが、処女作の『ピアニシモ』なんです」
 以来、僕は、全国ツアーという奴にいけば、小説の一本でも書けるもんだとばかり思っていた。ところが実際はどうだろう。

 そんなヒマはない。
 決して飲みに行ってるわけじゃないのに、そんな時間はない。いや、単に僕の時間の使い方が下手なだけなのかもしれないけれど。
 
 たった今、静岡エコパアリーナでの初日が終了した。
 『福山☆冬の大感謝祭 其の十四』

 ドームツアー&アジアツアーに続いて同行させて貰っている、今年2度目の「音楽の旅」だ。
 来年2月の宮城まで続くこの旅で、僕は小説の一本でも…書くような時間があったら、より良いステージになるよう、与えられた以上の仕事に費やすのみだ。

 でも、今夜はちょっとだけ飲んじゃおうかな。

小原信治
投稿時間:2014-11-20 22:31:26
 
11月13日 小原信治の草の根広告社
『何をしているんだろう。』
 
 毎朝、海の上に広がる大空を見上げると、そこには必ず、同じ時間に、同じコースを、大きく八の字を描きながら編隊飛行する鳥の群れがある。30羽くらいだろうか。僕の家を挟んで、海と山の間を八の字を描きながら休むことなくひたすら飛び続けている。何をしているんだろう。いつもそう思いながらただ眺めている。調べようにも、彼らの名前が分からない僕には調べようがないのだ。

 そのうち、彼らも同じことを考えているんじゃないだろうかと思うようになった。毎朝同じ時間、同じバス停に並んでいる人間たちを見て、何をしているんだろうと思われているような気がした。もうとっくに満員の電車に無理して体を押し込む人間たちを見て、どうして次の電車を待たないんだろうと思われている気がした。それしきの仕事にどうして同じ色のスーツを着た人間が5人も6人も必要なんだろうと思われている気がした。雑草を抜いて耕せば食べるものを育てられる場所はたくさんあるのに、どうして海の向こうからわざわざ食べるものを運んで来るんだろうと思われている気がした。空家だらけなのに、どうして山を切り崩したり、海を埋め立てたりして、新しい高層住宅を建てているんだろうと思われている気がした。

 一見、何をしているんだか分からない鳥たちの編隊飛行だけれど、実は自然界の理にかなった、筋の通った理由があるような気がした。そう、自然界の理に反した、同じ地球の上で生きる命として全く筋の通っていない奇妙な行動ばかりしているのは、僕たち人間の方なのだ。

 『ホットスポット 最後の楽園』プロローグの収録の時に、福山さんが言っていた。

「都市生活の中では、自然との共生であるとか、生き物たちに生かされている、自然に生かされているっていう感覚を持ちにくいんですよね」

 実は自分たち人間だけが自然の摂理に反した理不尽なことばかりしながら、この地球の上で暮らしていることを日々思いながら、そして少しでもその負荷を減らす努力をしていかなければならないと、大空を舞う、名も知らぬ鳥たちを見て、改めて思った。

 日々の生活の中で忘れがちな大切なことに改めて気づかせてくれるNHK「ホットスポット最後の楽園 season 2」。第2回「赤い砂漠と幻の珍獣 〜ナミブ乾燥地帯〜」は、11月16日(日)夜9時から。そうそう、明日金曜の「あさイチ」も必見だそうですよ。

小原信治
投稿時間:2014-11-13 22:59:48
 
11月7日 小原信治の草の根広告社
『父の書斎』

 父は日々どんなことを考えながら、満員電車に揺られ、働いていたのだろう。どんな想いで、僕が大人になるのを見ていたんだろう。
 ある日、駅に向かうバスに揺られながら、ぼんやりとそんなことを思った。窓の外に広がる秋晴れの海を見て「こんな日に東京で仕事ってのもなあ」と感じたせいかもしれない。
 
 無口な父はめったに自分のことを語らない。しかも18歳で家を出てからは年に数えるほどしか会うことがない。一緒にいた年月よりも離れて暮らしている時間の方がずっと長い。だから、父の内面を僕はほとんど知らない。父親ではない、ひとりの男としての内面など、もってのほかだ。

 今年、そんな父を知る小さな手掛かりを見つけた。それは、僕の記憶の中にある、父が読んでいたと思われる3冊の本だ。

「息子をサラリーマンにしない法」石原慎太郎
「北回帰線」ヘンリー・ミラー
「南回帰線」ヘンリー・ミラー

 その3冊を偶然、古本屋で見つけたとき、すぐに記憶の中の風景とつながった。父の腕時計とともにそれらの本が茶箪笥の上に無造作に置かれている風景だった。ウィキペディアで調べたところどれも有名なベストセラーだったが、恥ずかしながら僕はタイトル以外、何が書かれているのか今の今まで知らなかった。

 女性の書いた旅の記録か何かだと子供の頃に思い込んでいた『北回帰線』と『南回帰線』は自堕落な天才男性作家の手による性描写が問題視され、当時発禁となった問題小説だと書かれていた。あの父が本当にそんなものを読んでいたのか信じられなくなった。『息子をサラリーマンにしない法』は石原慎太郎さんが書いたことすら知らなかった。けれどそのタイトルは子供の頃に一度、目にしただけで強く心に刻みつけられていたものだった。進路について父から何か助言されたなんてことは一度もなかったけれど、『息子をサラリーマンにしない法』というそのタイトルはそのままそれを読んでいたであろう父の教えとして、僕の人生に何らかの影響を及ぼしたといって間違いないだろう。
 
 いったい何が書かれていたのだろうと、埃臭いページを1冊ずつ捲った。そこには、絶対に入ってはいけないと言われている、「父の書斎」を無断で覗き見するような背徳感と、胸の高鳴りがあった。

 僕はその3冊をこの夏から秋の間、時間をかけてゆっくりと味わった。細かい内容は割愛するけれど、3冊ともに、アナーキーな著者による『自由な生き方』、他人からすれば、自分勝手にか見えない、破天荒な生き方が描かれていた。

「私は自由人である。だから私は私の自由を欲する。私は孤独を愛する。ひとり静かに私の恥辱や私の絶望について思案することを欲する。私は同伴者なしに、会話することなしに、日光と街の舗石とを欲する。自分自身と面つきあわせ、私の心の音楽のみを道づれとして」(ヘンリー・ミラー「北回帰線」より)

 それは、海の傍で自由業をやって暮らしている僕にとっては大好きな趣向だったけれど、昭和の典型的なサラリーマンだった父とはある意味正反対とも言える、3冊だった。父は本当にこの3冊を読んでいたのだろうか。だとすればどんな想いで読んでいたのだろうか。父の内面を少しでも知ることができると思いながら手にしたこの3冊が、その謎をますます深める結果となってしまった。今度、父に会ったら「読んだんだけどさ」と言ってみたいが、無口な父は何も話してくれないような気がした。何より、「読んだよ」と父に報告すること自体がとても恥ずかしく、照れくさい気がした。

小原信治
投稿時間:2014-11-07 01:02:07
 
10月31日 小原信治の草の根広告社
『福山雅治のオールナイトニッポン・男性リスナーのあなたへ』
 
 人生で一度くらいは、同性に認められる仕事を成し遂げたい。
 そんな風に思うのが、男の子というものである。

 気がつけばちょうど20年前のことだ(と書いていても、その時間の本当の長さを実感できてはいないのだけれど)。1994年11月に、25歳だった僕が『福山雅治のオールナイトニッポン月曜一部』の構成作家として福山さんの前に坐り始めたとき、葉書やFAXをくれるリスナーの中に、男性は今ほど多くはなかった。
「同じ男に面白いと思われるラジオにしたいよね」
 当時のディレクターだった節丸さんとともに、明け方の居酒屋で何度もそんなことを話しながら、男性受けしそうなコーナーをたくさん考えた。
 
 2000年に『魂のラジオ』を始めた頃、福山さんやディレクターの神田さんと何度も話したのは、10代のリスナーに「30代になるのって楽しそうだな」と思って貰える番組にすることだった。当然、10代だった頃の「30代なんてつまらない、信用しない」と粋がっていた自分たちをイメージしてのことだ。

 あれから長い長い時が経ったのだろう。呼び掛ければ、女性リスナーとさほど変わらないくらいの男性リスナーがメールをくれる。「龍馬伝」以降は年上の男性も格段に増えた。そして、積極的な女性に比べて、普段はサイレントな男性リスナーが想像以上にいるのをここ数年、何かあるたびに実感している。

 最近で言えば、ドームツアーの後と、マニアックテレフォンの時だ。ドームで初めてライブを見て福山さんのプレミアムなギターにシンパシーを抱いた男性や、多種多様な仕事や趣味を持っている男性たちが聴いて下さっているんだなということに、メールを見るたびに驚かされたし、それは「同じ男に面白いと思わせるラジオにしたいよね」なんて言っていた25歳当時の僕の想像を遙かに越える未来だった。

「男性限定のライブを開催して欲しい」
 最初に男性からのそんな要望を見たのは、ステージ上でラジオっぽく葉書を紹介していた初期の「福山☆冬の大感謝祭」の頃だっただろうか。あの頃は、単なるパラレルワールドでの夢物語に過ぎないと思っていた「あなたの想い」が、14回目を迎えた今年の「冬の大感謝祭」で、現実のものとして動き出している。

『2014年12月23日、福山雅治、男性限定ライブ。』
 改めてこんな風に文字にするだけで、なんだかちょっと泣きそうになるのは、きっと僕だけじゃないはずだ。しかも、どうせやるからにはと、まさかの「日本音楽史上最大規模」での男性限定ライブなのだ。

 福山さんは、そんな夢物語のチケットを「魂ラジリスナー先行受付」というイベントにしてくれた。「不安だからさ」と口では言っているけれど、その裏側にはきっともうひとつ、ずっとずっと、ずっと自分のラジオを影ながら応援してくれた、いや、バカでエロな時間を共有し続けて来た、そしてギター1本での弾き語りを一生懸命聴き続けてくれた男性リスナーへの熱い熱い感謝の想いがあるのだ。たとえるなら、路上ライブの距離感のような。

 2014年12月23日。
 「同じ男に面白いと思われるラジオにしたいよね」とがむしゃらに企画を考えていた25歳の僕自身にも、この20年、どんな男性リスナーたちがラジオを聴いてくれていたのかを見せてあげたい。そして、ラジオを通じて出会ってきた男性リスナーたちと一緒に、パシフィコ横浜で心の底から叫んでみたい。
 かつて「福山雅治のオールナイトニッポン」を聴いてくれていた、男性リスナーたちにも、ぜひ同窓会気分で参加して欲しい。

 2014.12.23 福山雅治初の、そして、日本音楽史上最大の男性限定ライブ。
 チケットの魂ラジ先行受付は、いよいよ11月2日日曜午後17時までです!
  
小原信治
投稿時間:2014-10-31 02:04:16
 
10月24日 小原信治の草の根広告社
『ぼくのなつやすみ2014』
 
 都会で暮らしていた30代の頃は、年に一度長い長い、旅をした。
 広い空を見上げ、風を感じ、どこまでも続くまっすぐな道を走り、たくさん笑って、ちょっとだけ泣いたりする、そんな旅だ。そして、そんな旅の延長線で辿り着いたのが、旅先で何度も心を癒やしてくれた大きな海と小さな畑という、命育む自然と寄り添いながら都会を行き来する、今の暮らしだ。

 この場所で、旅先でしか出逢えなかったような「発見」や「感動」が日々の暮らしの中にもたくさんあることを学んだ。気がつけば、あの頃のような「旅に出たい」という強烈な欲求は自分の中から消え去っていた。が、そんな自分に不安を感じてもいた。満足して歩みを止めてしまえば、そこで終わる。都会や旅先で受ける刺激やストレスも、発展途上の僕には、時にお金を払ってでも必要な栄養なのだ。

 10月の初めに、お休みを頂き、取材仕事も兼ねて旅に出た。10時間以上のフライトはおそらく2008年の北欧の旅以来かもしれない。
 最初に降り立ったのはフランスのボルドー。同性婚の合法化に反対する人たちによる1万人規模のデモ行進に揺れる旧市街のホテルで荷をほどいてから、今度は列車に揺られること1時間。どこまでも続く静かな葡萄畑の中で、とある「モノ作り」に取り組んでいる日本人の方を取材した。六次産業化で「儲かる農業」ではおそらく世界一の可能性を秘めたモノ作りだと改めて確信した。もっとも御本人は「儲かる」から始めたというわけではないのだけれど。やはり「モノ作り」でお客さんを心から満足させられるかどうかは、その仕事が「どれだけ好きか」の一点に尽きることを改めて痛感させてくれる方だった。神は細部にのみ宿るのだ。

 仕事を終えた後は観光も兼ねてボルドーに滞在。朝食のクロワッサンとフレンチローストのコーヒーが最高にうまい。喫煙率の高いフランスの女の子たちのファッション。90年代のパルコ少女を思い出して甘酸っぱい気持ちになる。
 都会の喧噪がわずか2日で息苦しくなって来た頃、今度は3時間ほど列車に揺られ、フランスバスクの海辺の小さな田舎町サンジャンドリュズへ。うららかなバスクの海の前でようやく旅先での開放感に浸る。やっぱり自由を感じることのできる海が好きなのだと改めて思い知る。

 ボルドーの市街地では言葉の不自由さがどんどんストレスになっていた。伝えたいのに伝わらない。知りたいのにわからない。知的欲求不満。普段、情報のほとんどを言葉で得ていることを改めて思い知ったが、ここに来て解放されたからか、僕自身にも笑顔が増えたことでコミュニケーションがとてもラクになったと感じた。

 再び1時間ほど列車に揺られ、南へ。車内で知り合ったおじさんに手作りのピノーデシャラント(日本で言うところの梅酒だ)を頂き、ほろ酔いで辿り着いたのはサンセバスチャン。映画祭などで訪れた福山さんからも素晴らしい場所だよと勧められたスペインバスクにある食の都だ。

 海辺の旧市街に立ち並ぶバルを巡った。ボデガという幅広のグラスに注がれたチャコリという発泡酒を飲みながら、ピンチョスという創意工夫に富んだ一皿料理をつまむと「ラ・クエンタ・ポルファボール!」と10ユーロほどで会計を済ませて次の店に移る。3〜4軒回った頃には程良く酔いも回り、お腹もいっぱいになっていた。

 翌日は鎌倉でお店をやられているシェフが以前働いていたという山あいのレストランへ。この店も含めてサンセバスチャンにはミシュランの星付き店が9軒もある。人口わずか16 万人の小さな町にもかかわらず、だ。

 そんな喰い倒れの街でさんざん飲み食いする分、日中は少しでも消費しようとうららかな太陽の下、持参した真っ白なビーサンで、ひたすら砂浜を歩いていた。カメラ片手に波間や雲間にたくさんの光を追い掛けていた。潮風を浴びながら、普段このビーサンで踏み締めている地元の浜と海の青を思った。この岸辺に打ち寄せる波が今度は返す波となって遠い遠い旅をしていつもの浜に打ち寄せているんだな、というごくごく当たり前の事実に感動したりしながら。
 結局のところ、海が好きなのだ。結局のところ、海のある今の暮らしが好きでたまらないのだ。そりゃそうだ。今みたいに海に寄り添って暮らすまでは、それこそが旅の途上で見つけた人生における「憧れ」だったのだから。それを手に入れてしまったからこそ、以前ほど「旅」に出たいと思わなくなっていたのだろう。

 でも、今回の旅が、地球の裏側にあったまだ見ぬ暮らしが、新しい出会いが、僕に人生における新たな「憧れ」をくれた。その「憧れ」をいつか手にする為に、今日からまた生きてゆくのだ。
 真っ白なビーサンを履いて、大好きな海と寄り添いながら。

小原信治
投稿時間:2014-10-24 01:52:25
 
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