福山雅治のオールナイトニッポンサタデースペシャル 魂のラジオ 毎週土曜日23時30分から25時までオンエアー。
魂ラジブログ
2019年1月
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3月27日 スタッフ日誌
リスナーのあなたからのメッセージ
こんラスト!!

さて、魂ラジの放送も、とうとう明日が最終回となります
先週に引き続き今日も、リスナーのあなたから、
番組・福山さん・荘口さんに向けたメッセージを紹介します。

一部となってしまいますがご了承ください。



○ラジオネーム:えみこ (東京都品川区・39歳)

私は月曜1部の頃 地元の山梨から上京し、たまたま聞いた
ましゃのオールナイトニッポン 
『あれ!!!福山さんってかっこいいだけだと思っていたのに、話すとおもしろ!!!』
そのギャップに惹かれ、早20年。今はましゃの熱狂的なファンです。
毎週ラジオからましゃと荘ちゃんの話が聞こえてくるのが当たり前だったので、、、
まさか終わる日がくるなんて。
今は寂しい気持もありますが、こんなに長い間魂ラジを聞けた事がうれしいです。
ましゃ 荘ちゃん 小原さん
楽しい時間本当にありがとうございます。感謝いっぱいです。
魂ラジ バンザ〜イ!!! バンザ〜イ!!!!



○ラジオネーム:めぐみ (高知県高知市・39歳)

私は高校生の時に、寝れずにラジオをなんとなく聞いてたら、面白い人だなぁ〜
って聞いてたのが、福山さんのラジオでした。
私の一番嬉しかったのは、ゲストにジュンスカの宮田さんがきて、
THE MODSのTWO PUNKSを二人でやってくれたのが嬉しかったです。
色々思い出はありますが、笑って、泣いて、勉強になった事もあり、
高校生から、社会人になり、結婚して、変わらずラジオがあり、
福山さんの声が聞けて生活の一部分になってました。
こんなに長く続けてくれた、福山さん、荘口さん、小原さんに感謝します。
長い間、楽しいラジオをありがとうございました。



○ラジオネーム:なおこ (愛知県丹羽郡・33歳)

私は10歳のときにましゃのファンになり、月曜1部の第1回目から
ずーっと聴いています。
なので、もう生活の一部と言っても過言ではない、
ましゃのオールナイトという番組が終わってしまうなんてなんだか信じられません。
ましゃが休業していたときも、ラジオがあったから 安心して待つことができました。
小学生からファンの私は、ましゃからエッチな言葉を沢山覚えました。
ましゃが歌ってくれるのを聞いて、私の歳では知り得なかった素晴らしい曲も
沢山知れたし、ましゃの歌とギターを聴くのが本当に大好きでした。
ましゃのオールナイトは 私の青春です。
ラジオ全部が聞けなくなるわけではないけれど、
私の年齢的にもひとつ青春が 終わったような感覚でいます。
23年間本当にお疲れ様でした。
いつかスペシャルとかで復活してもらえたら
こんなに嬉しいことはありません。
その日を楽しみに、これからも応援させていただきます。



○ラジオネーム:ゆみ (兵庫県加古川市・39歳)

私はまだオールナイトニッポン2部時代からのリスナーです。
当時高校生だった私はバイトして買った120分テープに毎週録音していました。
それはいまでも宝物です。
高校生が社会人になり、結婚し、母になり、人生がいろいろ変わっていくなか、
オールナイトニッポンはいつも私の人生に寄り添ってくれていました。
夜中試験勉強をしながら、仕事で眠い目をこすりながら、
阪神大震災では避難先で寒さに凍えながら、子供の夜泣きで子供を抱いたまま、
大切な父を亡くした夜も、悲しいとき、気分が落ち込んだときは
ラジオの声で元気になり、そしてもちろん楽しい気分のときも
さらにその声が心地よく、楽しい笑い声に癒され、
リスナーの方のお話や、タマリクのお手紙に共感しました。
タマリクで私のリクエストに答えていただいたときの感動はいまでも鳥肌がたちます。
毎週この時間がくるのがあまりにも当たり前すぎて来週からどんな風にこの時間を迎えるのか想像もできません。
でも長いあいだこんなに素敵な時間を共有できたことを
本当に誇りに思い感謝しています。
ましゃ、そうちゃん、スタッフの皆様おつかれさまでした。
また特番などでお二人の掛け合いが聞けること楽しみにしています。
ほんとうに、ありがとうございました



○ラジオネーム:さとみ (三重県桑名市・45歳)

魂ラジが、いよいよ最終回を迎えると思うと、
まだ信じられないのですが、本当に楽しく聴かせて頂きました。
最初にお聴きした時は、私が抱いていたクールな福山さんのイメージが変わり、
なんて気さくな方だろうと、距離感が縮まったような気がして、とても嬉しかったです。
○○ですよ。お前ら!!と言うS的な言葉が、最初びっくりしましたが、
聴けなくなると、とても寂しいです。
魂リクの弾き語りもいつもしみじみ聴いておりました。
本当に楽しく、時々考えさせられる企画もあったりとても身近なラジオでした。
ありがとうございました。



○ラジオネーム:まいまい (山梨県富士河口湖町・39歳)

魂ラジを聴き始めて、1年。
きっかけは、某動画サイトにアップされているのを、たまたま聴いたことからです。
でも、さかのぼると、はじめて、ましゃのラジオを聴いたのは、16歳の時。
それから22年も経っているのに、まるで、ついこの間のことのように、
楽しく聴き入っていました。
高校生の頃は、色々なことが許せなくて、自分に辛くあたっては、悶々としていました。
そんな、すさんだ女子高生の日常に、くったくなく笑える時間を 
ましゃのラジオがくれていたことを、思い出しました。
当時は、ささいに思えてしまっていたことが、
実はとても、かけがえのない 大切なひと時だったということが身に沁みるのに、
20年以上かかりました。
こうして、時間が流れて、肩の荷が下りた頃に再び、ましゃのラジオを聴けることに
しみじみと幸せを感じています。



○ラジオネーム:みき (東京都町田市)

思い起こせば22年前、第一子の息子を出産し、私は毎日あたふた過ごす
新米お母さんでした。産まれてから数ヶ月は、夜中に必ずと言っていいほど
夜泣きをする息子。私はもう心身ともに疲れ切っていました。
眠い目をこすってミルク、オムツ替え、全てやってもだめ。
果てしなく泣き続ける息子。
そんな時、滅多につけることのないAMラジオをつけてみたんです。
そしたら学生時代によく聴いたオールナイトニッポンが…。
「あっ懐かしい…DJ誰だろう」その、なんともお下劣極まりない内容。
けれどどこか憎めない丁々発止のやり取りと、何より素敵な声の持ち主。
なんだかクスッと笑ってしまい、それ以来やみつきに。
辛かった息子の夜泣きも寂しい気持ちも、なんだかふっと楽になり、
なんだか救われたような気持ちになりました。
それがDJが福山雅治との出会いです。まぁその時はなんということはなかったのですが、
のちのち「魂のラジオ」と名前を変え放送しているのを知り
「まだ続いてたんだー」とビックリ!今ではましゃの大ファンになりました。
その夜泣き息子、今月大学を無事卒業し、4月からは社会人。
独立して一人暮らしも始めます。一人の人間が、赤ちゃんから社会人になるまで
長きにわたり続いた、オールナイトニッポンと魂ラジ。
終わってしまうのは本当に残念。けれど今は感謝の気持ちで一杯です。
あの晩私を救ってくれて、今まで楽しませてくれて本当にありがとうございます!
そして長い間、本当にお疲れさまでした。



○ラジオネーム:紫音 (長野県長野市・40歳)

ましゃ、23年間本当にお疲れ様でした。とうとう、この日が来てしまいたしたね。
魂ラジ終了のお知らせがあった時、私はその日に限って、途中で寝落ちしてしまい、
翌朝のヤフーニュースで知り、ショックでその日は一日中、何も手につきませんでした。
まだ学生だったオールナイトニッポン2部の頃から聞き、
ずっとサイレントリスナーでしたが、最後の最後で勇気を出して
メールさせてもらいました。
40代になった今も毎週土曜のこの時間が本当に特別な時間で、
苦しいことや辛いことがあっても、ましゃと荘ちゃんの声を聞いていると
いつも癒され、励まされてきました。
某局のラジオも聞いていますが、やはりこちらは何気ない会話から深い話まで、
数々のエピソードは本当に楽しく、近くに感じ、やはり特別感がありました。
やはり、生だったからでしょうか。
ましゃの低音ヴォイスと荘ちゃんの甲高い笑い声などその掛け合いが本当に絶妙で、
お二人の声が聞けなくなってしまうのはとても残念ですが、
「眠い」というのも40代になった私も何となくうなづける今日この頃です。
長い間、本当にありがとうございました。今後ともまたどこかで是非!



○ラジオネーム:マコ (兵庫県美方郡)

私が魂ラジを聴き始めたキッカケは2011年大晦日に
初めて雅治さんのライブに行ってからでした。
荘ちゃんの「感想を福山雅治魂のラジオまで!」の言葉で、じゃあ送ってみよう!
聞いてみよう!そんな感じから聴き始めました。
それから、魂のラジオに夢中になりました。楽しい時も、悲しい時も、
土曜日23時30分になるとラジオを聴いて、笑って…
雅治さんのトークも荘ちゃんの的確なツッコミも魂リクの素敵な弾きがたりも
大好きでした。これからもずっとずっと大好きです。
皆さんのこれからのご活躍を楽しみにしています。
本当にありがとうございました。



○ラジオネーム:しのぶ (神奈川県横浜市・44歳)

魂ラジ終了のお知らせからこれまで、未だ現実として受け止められず、
いつか「そんなウソだよ〜 おまえら!」なんてましゃが言ってくれるのでは…
なんて淡い期待をしたりして。
本当に終わってしまうのですね。寂しいです。
ましゃと荘ちゃん、小原さんをはじめ、大人の男たちの
子どもみたいな楽しいお喋り、時にまじめな話、名言の数々、
どれも今となっては宝物です。
ながい間、ラジオからホットなメッセージ本当にありがとうございました♪



○ラジオネーム:ゆうか (静岡県田方郡・46歳)

ましゃと、そうちゃんとは同じ学年なので、ラジオを聴いていると、
高校の時、放課後、ダラダラと話しをしていて、話しが楽し過ぎて、帰りたくない、
いつまでも、話しを聞いていたい、そんな感じがします。
私も高卒で、横浜に就職しました。就職先で一番はじめに友達になったのが、
寝台列車で来た長崎の子でした。私の両親も、長崎出身で、父が静岡に来る時、
腹巻きに10万円入れてきた話しを聞いて、親近感を感じました。
もう、ましゃのおばあちゃんの話しや、実家のトイレのタオルの話し、
私は、何年か前のように、ましゃを、待ってみます。それでは、また、いつか。



○ラジオネーム:まゆみ (兵庫県神戸市)

魂ラジ終わっちゃうという実感がまだあんまり湧かないけど
来週の土曜23時半になったら何をしたらよいのか…
15年近く聴き続けてきてもう生活の一部だったからぽっかり穴が空くことは
間違いないです。
一番の思い出は阪神大震災後10年の時。一度だけメールを採用してもらったことです!
当時小学6年生だった息子が震災の日を前に「しあわせ運べるように」という曲を
練習しているという内容でした。
曲をかけていただきその曲を作った先生にも電話を繋いでお話を聞かせてもらい
感無量でした。その息子も大学生になり就活真最中です。
時の流れをすごく感じます。「しあわせ運べるように」はその後いろんな人に
歌い継がれ東北の被災者の方も「神戸を」を「東北を」に替えて歌われているのを
テレビで見て胸が詰まりました。震災のことを思い出すと共にこの曲を聴くたびに
魂ラジのことを思い出すわたしにとっては大切な曲です。
魂ラジの思い出は尽きませんがましゃ、荘ちゃん、長い間ほんとうにお疲れ様でした。
いつも楽しい放送をありがとうございました。



○ラジオネーム:ゆうこ (埼玉県草加市・40歳)

一番思い出はSOH+の歌ですね。一番はヘビーローテーションですよね。
遂にこの日が来てしまいましたから凄く悲しいです。
でもきっとまた福山雅治さんと荘口彰久さんは帰って来ると皆さんは信じてますよ。
福山雅治さんと荘口彰久さんへ本当にお疲れ様でした。



○ラジオネーム:やまちゃん (徳島県三好市・56歳)

土曜日のこの時間イヤホンから聞こえてくるあなたの声、
歌に癒され落ち込んだ時があっても、また明日から頑張らなければと力を頂きました。
56歳なので、時々寝落ちしてしまった時もありましたが、
頑張って聞くことができました。
もうラジオからの生声は聞けませんが、ライブに行けることを楽しみにしています。
本当に長い間お疲れ様でした。楽しい番組有り難うございました。



○ラジオネーム:さや (東京都品川区・40歳)

私が福山さんのオールナイトニッポンを初めて聴いたのは1992年木曜2部。
当時高校生だった私は、受験勉強中にふとつけたラジオから聴こえてきた、
まだ顔も分からない「お兄さん」の素敵な声と、時折飛び出すエロトークに
うっとりビックリしたのを今でもはっきりと覚えています。
あの日からず〜〜〜っとリスナーでした。
その後しばらくして、福山さんの顔が判明した時は色々な意味でかなり衝撃でした。
18歳で進学の為上京し20年以上が経ちますが、様々な事があった中
週に一度、福山さんのオールナイトニッポンを聴いている時間が唯一心休まるホッとできる時間でした。
大げさかもしれませんが、福山さんのオールナイトニッポンと共に東京で成長してきたような感じです。
最後になりますが、長い間楽しませてくれて本当にありがとうございました。
そして本当に本当にお疲れ様でした。これからはゆっくり寝てくださいね!



○ラジオネーム:ともっち (石川県金沢市・32才)

とうとう、魂ラジ終わってしまいますね。
本当にさみしく思うけど福山さんの身体も心配なので、
28日で終わる事を納得します。
今、BROSのアルバムの、太陽はふたつないを聴いてます。
改めて福山雅治さんの苦労さがみにしみました、本当にお疲れ様です。



○ラジオネーム:ゆりたん (岡山県岡山市・37歳)

私が福山さんのファンになって、ラジオを聞きはじめたのは高校2年生の時。
まだ純粋な少女だった私を大人の女に育てて頂きました。
21年間ありがとうごさいました。
青春時代から福山さんのラジオとともに過ごした日々は本当に私の癒しでした。
毎週飾らないトークとシビれる歌声、そして音楽やアーティストという自分自身に
立ち向かって闘っている姿を隠さず見せてくれる福山さんが、
不思議ととても身近な存在に感じました。
だから、正直どんどんスターになっていく事は凄く嬉しいけれど、
ちょっと淋しくも感じます。
でも、今日までラジオを愛しリスナーをどれだけ大切に思ってきてくれたかは、
私達が一番よく分かっています。
スターは求められる物が大きくて大変だと思いますが、
福山さん自身を大切にして下さい。
ファンの為に…ではなく、福山さんがイイと感じ愛し溢れる音楽を作り、
ライブのステージで心底楽しげに歌う…そんな福山さんが最高に男前です!
お体を大切に。これからも応援しています。



○ラジオネーム:きょん (千葉県柏市・40歳)

サイレントリスナー歴23年!のかくれ超ヘビーリスナー初メールです。
始まりは木曜2部のオールナイトニッポン、当時高校生だった私も、
卒業、入学、就職、転職と、人生の半分以上を福ちゃんのラジオと共に生きてきました。
何があってもどんな時もいつもそこに居てくれる、心の拠り所でした。
これまでどんだけ勇気や元気をもらい背中を押してもらったことかわかりません。
どんなにツラい夜もそこには福ちゃんのラジオがありました。
ラジオに戻れば、福ちゃんはいつもと同じくそこに居てくれて、
多くの知識と様々な考え方、いろんな物事の捉え方など、
たくさんの話が聴ける魂ラジは、私にとってホントに大きな学びとなり
今の私に大きな影響を与えてくれました。
今までホントにありがとうございました。いつまでずっとずっと応援しています!



○ラジオネーム:ともみ (東京都足立区・38歳)

受験勉強、就職活動…眠れない夜。いつもそばにましゃの言葉と歌声がありました。
どんなにツラい1日だったとしてもその時間になると「今」のましゃがそこにいて、
声を聞くと安心したし、歌声に「力」をもらっていました。
繋がってるって実感するこの時間が大好きでした。
魂ラジが終わってしまったらましゃとそーちゃんの絶妙な掛け合いも
聴けなくなるのかなぁ…と想像するたけで寂しいです。
最後の放送を噛み締めながら聴きます!!
23年間おつかれさまでした&ありがとうございました。
「魂ラジ」が本当に、本当に大好きでした。



○ラジオネーム:まゆみ (神奈川県平塚市・29歳)

19歳の頃から聴き始めて魂ラジ歴は10年になります。
雑音を少しでも和らげるためにアンテナを放送時間の間ずっと握りながら
今まで聴いてきました。
辛い時や、ふさぎ込んでいる時でも、雅治さんのトークに思わず笑ってしまい、
優しく寄り添って下さる生歌には、何度も励まされ救われました。
終わってしまうのは本当に淋しいですが、小原さんのように、
わたしも最後まで笑っていたいなと思います。
いつかまた、雅治さんと荘ちゃんの掛け合い、そしてSOH+の復活を願って…。
長い間、本当に本当にありがとうございました。
魂ラジと出逢えて幸せでした。



○ラジオネーム:ピノコ (京都府京都市)

いつも遠くで光り輝いているましゃが、ほんの少し近く感じられる深夜の生放送。
深夜にもかかわらず、思わず声を出して笑い転げたことが何度もありました。
初めてメールが採用された時は、興奮しすぎて頭が真っ白になり
ラジオ終了後も全く寝付けませんでした。
本当に終わってしまうんですね・・・
長い間、本当にありがとうございました。
伝えたい事が多すぎて、全くまとまりません。
ましゃから頂いた、イタリア土産のミケランジェロパンツは
額縁に入れて飾ってあります。
ましゃ大好きな息子に奪われ、今は息子の部屋に飾られてます。
我が家の家宝です。
そして、もうひとつ…「有楽町DTS64」のメンバーになった息子も、家宝となりました。
たくさんの笑いと感動をありがとうございました。
これからも家族で応援してます。



○ラジオネーム:ヒカル (広島県福山市・20歳)

私にとって魂のラジオは、姿は見えなくともましゃをとても近くに
感じられる場所でした。親が寝た後、こっそりとばれないように耳をそばだてて
聴いていました。深夜ラジオならではのましゃの飾らないトーク、下ネタに
笑いをこらえるのは必死でした。また、大切な話、魂リクでは涙をこらえるのに
必死でした。高校3年生の春から聴き始め、辛い部活と受験に追われた1年間、
魂のラジオは私の心を軽くしてくれる心の支えでした。
土曜日の23時30分から25時という特別な時間をありがとうございました。
魂のラジオが終わってもわたしは魂ラジ国民の一人であり続けます。



○ラジオネーム:はな (北海道札幌市・15歳)

小学校5年生の時に聞き始めて早4年。
私にとって、魂ラジは土曜日の夜の楽しみでした!
また、一週間のうちにつらいことがあっても、
魂ラジを聞いて元気になることも多かったです。

特に私は福山さんの甘い歌声が聴ける魂リクのコーナーがとても好きだったのですが
小学生だったため、寝落ちしてしまうことも多かったです。
魂リクを含めて最後までしっかりきけるようになったのは、中学生になってからでした。
テレビとはちがって、下ネタをいいまくる福山さんにとても驚きましたが…
いつも楽しく聞いていました!
ラジオが終わってしまったら、4月から土曜日の夜、私はどのようにすごせばいいのでしょうか・・・・また、元気をだすにはどうしたらいいでしょうか・・・・
最後になりましたが、これからもかっこいい半面下ネタもいいまくるような
そんな福山さんでいてほしいです。曲も楽しみに待っています!
福山さん、大好きです!
本当に長い間お疲れ様でした。
これからもがんばってください。応援しています。



沢山のメッセージありがとうございます!
HPに掲載された方には、魂ラジステッカーをプレゼント!
おめでとうございます!

魂ラジは最後までアナタのお便りをまってます!
メールはmasha@allnightnippon.com  まで。

明日は必ず生で聴くよーに!!
投稿時間:2015-03-27 19:44:16
 
3月26日 小原信治の草の根広告社
『笑っていよう、バカみたいに』
 
 ひとつの旅が終わる。
 のべ23年、およそ四半世紀にも及ぶ長い長い旅。1994年11月に参加した僕はそのうちの21年をともに歩いたことになる。始まった時はここまで長い旅になるとは思ってもいなかった。25歳だった僕は45歳になっていた。

『福山雅治のオールナイトニッポン』

 それは僕にとって何だったんだろう。青春と呼ぶには年を取り過ぎたし、人生と言い切ってしまうのは早過ぎる。何だったのだろう。聴き手のひとり一人にも番組に対する自分の思いを表現するのにぴったりな言葉があるように、作り手のひとりである僕にも僕だけの言葉がきっとあるはずだ。
 

 以上の文章は、2014年1月の終わり、番組が終了することを訊いた直後に書き始めたものの一部だ。いつの頃からかはもう忘れてしまったけれど、僕は人生で答えの分からないことにぶつかると、いつもこんな風に書き始めていた。書きながら自分なりの答えを見つけてきた。

 この1年と2ヶ月、こんな風に私的な回顧録のような文章を断片的に綴りながら、四半世紀に及ぶ年月を自分なりに振り返ってきた。1992年から2015年という長い長い記憶の道を辿りながら、「僕にとっての、」に相応しい「言葉」を探してきた。


 今週になってようやく、その言葉が見つかった。
明後日の最終回は、僕にとって、その答え合わせでもあるのかもしれない。

 なんて文字にすると、旅の終わりの夕焼け空みたいに感傷的になってしまうけれど、思いとしては、最後まで、笑っていたい。

 いや、最後まで、笑っていよう、バカみたいに。

小原信治
投稿時間:2015-03-26 18:14:40
 
3月25日 魂ラジレポート
『銭形平次』フルぶっかけ&次週『魂ラジ』最終回!!
今週は、「福山祭り」と題して、デビュー25周年を記念してスペシャルな放送をお届けしてきました。
さっそく、昨日の魂ラジレポートの続きをいってみましょう!
スペシャル企画『魂ラジステッカー在庫一掃セール!福山雅治デビュー25周年エピソードクイズ!』の第2問、「福山雅治さんがオーディション用紙に書いた特技は何?」の答えは…

F「これ、わかるでしょう?結構ラジオでも言ってる気がするんだけど。」
S「ファンの方の間では結構有名な話かもしれませんね。」
F「正解はですね…材木担ぎ!」
S「これ、普通に聞いたらびっくりしますよね。」

当時材木屋さんでアルバイトをしていたという福山さん。最終オーディションの時にこの話をした、当時の気持ちをお話ししてくれました!

F「やっぱりオーディションに来る子達って、若いんですよ。18歳以下とかで、みんな爽やかなのよ。『特技は、リフティングです!ポンポンポン!』とか、『特技は、バスケ部だったのでドリブルです!スタンスタンスタン!』みたいな。爽やか〜!!と思って。俺にある最も爽やかなもの、爽やかなもの、爽やかなもの…『材木担ぎです。』って(笑)」
O「それ、ウケたでしょう?」
F「っていうかなんかね、キョトンとされた!エンターテインメントと全く関係のないこと言いやがったな、こいつ、みたいな。」
S「アミューズも、すごいですね。特技が材木担ぎの人に社運を託してみよう、なんて(笑)」
F「材木を担いでるジャケットになりそうだもんね(笑)」

そんな、「材木担ぎ」が特技だった青年・福山雅治も、今となってはアジアのビッグ・スター!17歳の若いリスナーさんからは、「スター」に関するこんな質問が届いていました。

◯ラジオネーム:クジラ.jp(大阪)
「こん25周年!福山さんは、デビューして何年目のどの辺りで『俺ってスターになったな』って感じましたか?その理由も詳しくお願いします!」

F「ズバリ言ってもいいですか?ましゃがビッグ・スターになったのはねえ…最近?」
一同「アッハッハッハッハ!(笑)」
F「最近の…アジア行った辺り?(笑)っていうかね、『スター感』みたいなものを求められてそれに対してちょっと応えなきゃな、っていうのがあるんですよ。それでさ、面白かったのがさ…」

福山さんは2012年に、上海国際テレビ・映画祭に参加するため、初めて公式にアジアを訪問したそうなんですが、そこで起きた出来事をお話ししてくれました。

F「黒いシャツに、黒いジャケットみたいな服を着てリハーサルをやってたら、先方のテレビ番組サイドから『もう少し、スターらしい衣装はお持ちでないですか?』って言われて(笑)やっぱりアジアの方の衣装を見ると、結構ギラッとされてらっしゃるんですよ。」
S「ここにいますよ、スターが!っていう?」
F「光を浴びるんじゃない。光を発するんだ!みたいな(笑)それくらいのイメージですよ。そういうことを言われたんで、その後台湾の金曲奨に行った時は、黒のスーツに白のシルクっぽいストールをかけて、レッドカーペットを歩いたわけで。そしたら、その次の日の芸能新聞にファッションチェックみたいのが載っていて!写真を撮られて、点数もつけられるんですけど、あんまり点数が良くなかったんですよ!(笑)」

良かれと思ってやったことも、台湾ではあまり評価されず…。上海で求められるものと、台湾で求められるものが若干違うことに気がついたそう!

S「各地で求められるスター感って違うんですね。」
F「でも、スター感的な事をわかりやすく求められるのって、空港とかなんですよね。ファンが待っていますから手を振ってくださいね、みたいなのあるじゃないですか。ああいう映像を見て、みんなが『スター』って言うようになったんですよ。だから自分では全然思ってないですよ!皆がそう言うから仕方なくそれを受けて、ジョークにしてるっていうだけです(笑)」

特技が「材木担ぎ」だった青年が、スターになり、デビュー25年目に入り、そして来月8日には、ギター1本による弾き語りアルバム『魂リク』を発売!
ということで、今週はアルバム『魂リク』より『銭形平次』をフルぶっかけいたしました!

F「これ、ギターを弾く人や、ギターを弾きたいと思ってる人にとっては、色々いいと思いますよ。一応、歌詞にコードもふってあるので。大山さんはギターはやられないの?」
O「僕ね、Fでやめました。」
F「そういう人、本当に多いですよね!もし大山さんがギターを弾くんだったら、僕もネタ作りに参加させてもらいますよ。」
O「ええ!『あったかいんだからぁ♪』みたいな曲が生まれちゃうってことですか!(笑)福山さんはいつくらいからギターを始められたんですか?」
F「中1で。若い時だと夢中なんで、その時の1年と今の1年だとだいぶ違うと思いますけど…でもまあ、1年あったらできますよ。コード弾きができるようになれば、歌ネタで大山さんも是非!」

今週、フルぶっかけをした『銭形平次』は、リクエストはきていたものの、結局できなかったままだったという曲の1つ。いつかやりたいなと思っていたもののやる気会を失ってしまっていたというこの曲は、アルバム『魂リク』のオープニングナンバーになっています。

F「これね、原曲がめちゃくちゃかっこいいんだよね。往年の『歌手』って呼ばれる方々は、本当に歌が上手ですよ。あの頃ってやっぱり1発録りなので、録り直しがきかないし。今回、原曲を何度も聴き直したけど、舟木一夫さんの歌はかっこいいね!演奏もまた、いいんだよね。」
S「改めて歌詞とかも見てみると、人生訓なんかが入ってたりしてて。」
F「『道はときには曲がりもするが 曲げちゃならない人の道』。グッとくるんですよ。」

売れなくなって地方でひっそりと番組を持つようになった時には、坂本龍馬の格好をしてギター1本で『銭形平次』を歌うんだ!とまたまた都落ち妄想をする福山さんでした(^^;)

さて、エンディングでは「魂のラジオ」は最終回に向けて、こんなお話が…

F「通常営業でもいいんじゃないですか?メールを読みながら…だって、この人(荘口さん)ね、泣く気満々なんですよ!あなた、泣くつもりでしょう?」
S「わざわざ、企んで泣くつもりじゃないですよ!」
F「俺も、ほんとにサングラスとアイマスク持ってくるよ?(笑)アイマスクだったら涙を吸収してくれるから、泣いてるかどうかわからないんだよ!」
S「いやあ、私も本当に危ないと思うなあ。」
F「やめてよ〜。」

「魂のラジオ」は、今週の土曜日、3月28日が最終回です。
お聴き逃しなく!!
投稿時間:2015-03-25 14:16:10
 
3月24日 魂ラジレポート
祝☆デビュー25年目突入!!福山祭りSP(後編)
11時間様々なメディアをジャックしての「福山祭り」のフィナーレを飾ることとなった今週の魂ラジ。
スペシャル企画『魂ラジステッカー在庫一掃セール!福山雅治デビュー25周年エピソードクイズ!』の他にも、リスナーの皆さんから頂いたたくさんのメールをご紹介しながら、25年目に入って思うことをお話し頂きました!

まずは、こんなお話から。

◯ラジオネーム:あい(東京)
「ましゃ、デビュー25周年おめでとうございます!先日、昔の歌と今の歌を聴き比べて、『昔の歌もいいけど、今の歌を聞くとすごく上手くなったなあ』なんて考えていたんですが、ましゃは自分がデビュー当時と比べて特に『変わったな』と思ったことはありますか?また、デビュー当時と比べて特に変わらないところはありますか?是非、教えてください!」

F「色々変わりましたよ!変わらない方が変だしねえ。技術的には、昔よりは上手くなったと思いますけれども…。僕ね、デビューする前の20歳くらいの時に既に声帯ポリープっていうのになって、全身麻酔して手術を受けたことがあるんですよ。1週間声を出しちゃいけなくて筆談で、歌も3ヶ月以上歌っちゃいけないみたいなことを経験してるわけですよ。デビュー前にレコーディングしていた頃なんかは、自分の耳の中の環境が作れなくて、とにかくがなってたんです。それで声を潰しちゃって、声帯ポリープで入院したんですけれども…、その頃の勢いみたいなものはもうないですよね。またその同じことになっちゃいけないなと思って、そこまでメーターを振り切らないようにやってきてましたね。」

そんな経験を経て、声を大事にするようになった福山さんに、
やがて転機が訪れました。それは…

F「『龍馬伝』というドラマに出ることになって。あの現場は、がなりがすごいんですよ!香川照之さんがまず、『龍馬ぁぁぁ!!!』っていくから。そしたら皆もテンションが上がってくるから、俺も上げなきゃいけなくて、っていうことでだいぶ声を使っちゃって。でもあれを経て、また声が強くなりましたね。まあ、ケアするようになったっていうのもありますけれどもね。」

25年経って変わったこと。それは、ちゃんと喉のケアをするようになったことでした!ちなみに、福山さんがしている喉のケアとは…
F「加湿器は僕、つけないんですけど、寝る時とか移動の時とかはマスクを着けます。あとはなるべく喋らないようにするとか、そういうのはありますけれどもね。」

若かりし頃の福山さんの声と、今の福山さんの声。
25周年のこの機会に、意識して聞き比べてみるのも面白いですね(^^)
続いてのメールは…

◯ラジオネーム:ともや(福岡県)
「福山さん、荘口さん、小原さん、こんバイク!福山さん、デビュー25周年おめでとうございます。ベタな質問かと思いますが、福山さんがデビューしてから今まで、楽器以外でずっと使っているものや持っているものはありますか?私は、亡きお婆ちゃんが35年前に買ってくれたピンクの毛布を使っています。使うものじゃなくても、引っ越しをしたら絶対持って行くものがあれば教えて欲しいです。」

F「バスタオルが1個だけついて来てるのよ!」
S「えええ!いつ頃からついて来てるんですか?」
F「俺が拝島に住んでた時から(笑)デビュー前くらいだよ!」
S「それ、使ってるんですか?」
F「もう使ってない!でも、いつまでたってもついてくるから、いつの間にか、『これはなんか一反木綿みたいな生き物なんじゃないか』って思って、使わずにとっておいてるの(笑)でも、引っ張るとちぎれるくらいもう脆い!しばらく開いてないけど、開いたらパリッと割れるかもしれないくらい。」

今から20数年前から、ずっとついてくるこのバスタオルはもはや福山さんの「守り神」的な存在なんだとか!(笑)そして、このバスタオルの他にももう1つ、ずっと持っているものがありました。

F「ちゃんちゃんこみたいなやつ!あれもね、母ちゃんか婆ちゃんから送ってもらったやつがあるね。」
S「着てるイメージないですねえ!」
F「もうさ、それってもはや日本昔話の世界だよね(笑)たぶんまだ家にあると思う!あとは、時計が1つあるかな。ブライトリングっていう航空時計の、オールド・ナビタイマーがずっとついてきてます。『ALL MY LOVING/恋人』を出した頃のポスターかなんかで腕時計をしてて、それをずっと持ってます。」
S「それは自分で買ったんですか?」
F「初めて買った高級時計で、35万くらいだったかな。当時23、24歳だったんで。」

地元・長崎を出た頃には財布を持っていなかったため、靴下にお金を入れて上京してきたという若かりし頃の福山さん。一切嗜好品を持っていなかったそうなんですが…

F「緒形拳さん主演の『愛はどうだ』っていうドラマの時に、緒方さんが別の仕事でロシアに行かなければいけないっていうことになって、いったん中抜けして戻って来られたんですよ。そしたら、緒方さんがスタッフと出演者に、ボストークっていうロシアのちょっとミリタリー風の時計を買って来てくださったんですよ。それで、あの『楢山節考』で有名な、あの『北斎漫画』で有名な緒形拳さんから時計を頂いたっていうのがすごく嬉しくて。それから、財布を持ったこともなかった僕が時計をするようになったんですよ。それで、男たるもの、いっぱしの男になるためにはいい時計を持たなければダメだと思って、『愛はどうだ』以降、収入を得た時に買ったのがその時計なんですよね。」

福山さんが時計を好きになったのは、緒形拳さんのおかげだったそう。
今は亡き緒方さんの「想い」が今でもまだ動いているんだ、というそんな思い出深い時計を、今でも大切に持っているんだそうです。
「時計をするいい機会を頂いたんですよね。」と話す福山さんでした。

そんなお話をした後は…
なんと、スペシャル企画『魂ラジステッカー在庫一掃セール!福山雅治デビュー25周年エピソードクイズ!』の第2問を出題!!
魂ラジステッカーを、今まで応援して来てくださったリスナーの皆さんに還元するべく、出した問題はというと…?!

F「最終オーディションがあったこのスタジオでされた質問、いきましょうか。第2問!福山雅治さんがオーディション用紙に書いた特技は何?」
S「これは結構知ってる人いると思いますよ!」
F「じゃあ、今からCM明けまでっていうことでね。先着ね、もうすぐわかっちゃうから!」

あなたは、この問題の答えがわかりましたか?!
答えは明日の魂ラジレポートでお伝えします!!お楽しみに(^^)
投稿時間:2015-03-24 21:05:54
 
3月23日 スタッフ日誌
祝☆デビュー25年目突入!!福山祭りSP(前編)
1990年3月21日にシングル『追憶の雨の中』でデビューした福山さん。
今週の魂ラジは、スペシャルな場所から、スペシャルな企画をお届け!
さらに、福山さんのモノマネでおなじみの大山英雄さんも交えての生放送でお送りしました。まずは、オープニングの第一声を大山さん(以下O)から…。

O「私、福山雅治、おかげ様で、デビュー25年目にとちゅにゅうしましたよ、お前ら!」
一同「アハハハハ!」
S「もっと、ちゃんとやってよ!(笑)」
F「芸人さんでしょう?(笑)もう一回やってもらってもいいですかね?」

「突入」を「とちゅにゅう」と噛んでしまった大山さん。
改めてもう一度…

O「私、福山雅治、おかげ様で、デビュー25年目に突入しましたよ、お前ら!」
F「よかった、よかった!ちゃんと言えて良かった(笑)今日は、大山さんにゲストに来て頂きました!」

そう、この日はデビュー記念日当日。14時から魂ラジ終了の午前1時まで、なんと11時間に渡って様々なメディアをジャックしての「福山祭り」が開催されました!
14時からWOWOWさんでは主演映画『容疑者Xの献身』と『真夏の方程式』、
18時30分からは『福山☆WOWOW的大感謝祭!だってデビュー日ですから、野郎夜も聖女夜もドームもアジアも、去年と今年のL​iveをまるごと魅せちゃわnight!』、
そして22時からは、USTREAMさん、You Tubeさん、GYAO!さん、そして福山さんがプレミアム会員にもなっているニコニコ動画さんで、『BROS.TV☆春の大復活祭 3.21ナマで全世界配信しちゃわnight!号』が放送になりました。そして、魂ラジ放送直前まで生配信されていた『BROS.TV』に出演されていた大山さんが、魂ラジに急遽出演して頂けることに!!

O「(ラジオに)出たかったんですよ!」
S「それでねえ、しばらく『ましゃ』として喋ってくださいよってことになっていたのに、いきなり『とちゅにゅう』って(笑)」
一同「アハハハハ!(笑)」
F「可愛いわあ、大山さん(笑)改めまして、私福山雅治、25周年です!ありがとうございます、お前ら!とちゅにゅうしましたよ!!」

この日の魂ラジは、都内某所のレコーディングスタジオからお届け。
その場所とは、福山さんが最終選考に遅刻して来た、「アミューズ10ムービーズオーディション」の会場となった場所だったんです!!

F「なんとも奇遇と言いますかね、僕はここでデビューすることが決まって、そして25年経ってこの場所に帰ってきて、そして『BROS.TV』の生放送をやって…。僕がデビューしなかったら、大山さん何やってたんですか?」
O「本当に、福山さんのおかげです(笑)」
F「大山さんは、僕がデビューする前にデビューしてたんですか?」
O「いや、違います違います!実は、福山さんと同じ1990年デビューなんです。今年25周年です。」
F「そうなんですか!!おめでとうございます!!」
O「僕はコンビでデビューして、漫才とかやってたので。月収500円からスタートしました。」
F「いつから福山雅治モノマネをするようになったんですか?」
O「22歳くらいの時ですかね。」

ドラマ『ひとつ屋根の下』のちい兄ちゃんのモノマネをコンパでやり始めたこと、そして、モノマネ芸を先輩から勧められたことをきっかけに福山さんのモノマネを始めたという大山さん。当時どんなネタをやっていたかというと…?

O「『あんちゃんさぁ、俺は小雪のことが好きだ』とか台詞を言ったあとに、隣にいた池乃めだか師匠に『あんちゃん』言うたら、『いや、どこがあんちゃんや!こんなちっちゃいあんちゃんいるか!』って突っ込んでくれた先輩がいまして(笑)で、そのあとは山田花子ちゃんが横にいたんで、『小雪!』言うたら『どこが小雪やねん!』って(笑)そこから盛り上がっていったんです。」
F「やっぱりわかってても面白いね!(笑)めだかさんとか、花子さんとかが返してくれるってやっぱり嬉しいですね。」

福山さん、大山さん、デビュー25周年おめでとうございます!(^^)
さて、今週はそんなデビュー25周年にふさわしいスペシャル企画をご用意。
題して…
『魂ラジステッカー在庫一掃セール!福山雅治デビュー25周年エピソードクイズ!』

F「いやいやいや、在庫一掃って!不良債権みたいに言わないでよ(笑)」
S「応募時間には締切がありますが、クイズに正解した方の中からほぼ全員、あまりに多い場合には抽選になりますけれども、番組ノベルティの『クレイジーホースステッカー』をプレゼントします!」

未だ1000枚近い在庫が残っている魂ラジステッカー。
終了前にどうしても手に入れたいというリスナーの声にお応えして、
「福山祭り」の今週、大放出させて頂くことになりました!

S「じゃあ、問題出しちゃいましょうか?」
F「まあ、でもある程度難しくないとね。問題を出して、1曲かけている間にメールをもらうんだよね?…ものすごい昔っぽいことやるね(笑)じゃあ第1問!『福山雅治さんがアミューズ10ムービーズオーディションを知ったきっかけは、新聞広告ともうひとつ、何で知ったでしょうか?』」
S「さあ、わかった方は今すぐメールしてください!曲が流れている間にのみ正解を送ってくださいね!」

さっそくデビュー曲『追憶の雨の中』をかけると…
ものすごい数のメールが届きました!ありがとうございます!
多かった誤解答の例は、「ラジオで聞いた」「友達から聞いた」「材木屋のおばちゃんから教えてもらった」などでしたが…

S「実はこれ、魂ラジでも1回言ったことがあるんですよね?」
F「1回だけ?」
S「『東京タワー』の時に福山さんの生い立ちを辿っていく中で、1回喋っていたそうです。」
F「またねえ、作家の小原さんがね、もはや彼女とかお母さん並みに色んなことを覚えているんですよね。さすが作家さんですよね。」
S「そうですよね。じゃあ、正解をお願いします!」
F「答えはですね…テレビ朝日系列のアイドル番組『美少女学園』です!」

『美少女学園』とは、オスカープロモーション開催の「国民的美少女コンテスト」から派生したテレビ番組。日曜日のお昼にやっていたこの番組を、アルバイトが休みの日に観ていた時に、オーディションの告知を知ったんだとか!

F「東京に来て、時間だけが過ぎていくわけですよ。当時一緒にルームシェアしていた人がスカウトされたんですよ。同級生で、同じ誕生日で同じ血液型っていうやつがいたんだけど、そいつが先にスカウトされて、『なんでそいつだけスカウトされて、俺はされないの?』って焦っちゃって。当時はバンドでも組んでのんびりやろうかな、なんて考えていたんだけど、『バンド組んでなんて言ってる場合じゃなくて、なんでもいいからやんなきゃ!』っていうことになって。それでテレビを観ていた中で、告知を知って。」

福山さんが芸能界に入るきっかけとなったエピソード。
あなたは、この話、知っていましたか?
まだまだ続く福山祭りSP!この続きは、明日の魂ラジレポートでお届けします。お楽しみに♪
投稿時間:2015-03-24 21:06:32
 
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