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2月27日 小原信治の草の根広告社
『無自覚なボクら』
 
 いわゆる「官僚」という集団にあまり良い印象を持っていなかった。メディアでの報道のされ方に多分に影響されたところもあっただろう。彼らを「顔の見えない悪の集団」のように思ったこともあった。でも、直接そこで働く人たちとお会いするようになって、改めて気づかされた。今更書くのも恥ずかしいぐらい、ごくごく当たり前のことだ。それは、省庁で働いている人たちの中に「日本を悪くしよう」と思って仕事をしている人はおそらくひとりもいないだろうということだ。そこで働くひとり一人が、その誰もがきっと「日本を良くしよう」「この国で暮らす人に幸せと感じて貰おう」そう思って仕事をしているであろうということだ。本当に本当にごめんなさい。

 と同時に、ひとつの省庁でも決して一枚岩ではないことに改めて驚いた。同じ省庁の中に実に多種多様なプロジェクトがあることを知った。時にはそれが真っ向から衝突し合う「幸せと幸せ」「正義と正義」「利益と利益」をサポートするものであることに、中を覗かせて頂いて改めて気づいた。考えたら当たり前のことだ。同じ日本人でも、ひとり一人が抱く「幸せのカタチ」は違うし、その価値観はますます多様化している。ひとり一人にとまでは言わずとも、できるだけ多くの声に応えようとすればするほど、決して一枚岩でなんかいられない。
 と同時に、その矛盾にこそ、僕が官僚という集団に対して「顔の見えない悪の集団」という印象を持った原因のひとつがあるのかもしれないとも思った。

 たとえば、自分のやっていることが誰かの幸せの為になると純粋に信じて走り続けているとき、ついつい周りが見えなくなっていることがないだろうか。その結果、気づかないうちに足下に咲いている小さな花を踏みつけてしまったことはないだろうか。

 僕自身もここ数年、有機農業が人を幸せにすると信じ、様々なカタチで取り組んでいるけれど、そのやり方では日本中の、或いは世界中のすべての人々の胃袋を満たすことができないということ。仮にすべての日本の農家が有機農業に転身して今と同じ収量を上げようとしたら、農薬や化学肥料を使う今までの農業と比べて莫大な耕作地を必要とすること。つまり、森林を伐採し環境を破壊するのではないか等という批判があることをごくごく最近まで知らなかった。というより耳に入っていなかった。この批判には、賞味期限切れで廃棄している余剰分を減らせばそんなに作らなくていいのではないかという反論もあるのだけれど、そうするとそんな余剰分を作る為に働いている人たちの仕事はどうなる?というまた別の反論もある。

 ようするに、自分が世の中の為になると信じている価値観が必ずしも絶対ではないということだ。それがどこかの誰かの価値観を否定し、傷つけ、その幸せを奪うこともあるということだ。ごくごく当たり前のことなのだけれど、最近のボクらはついついそのことを忘れがちになっているような気がする。僕自身がそうであったように「世の中を良くしよう」という正義を胸に社会で働く多くの人が同時にこうした「無自覚な悪」も抱えてしまっているのではないだろうか。そして、そういうひとり一人の「無自覚な悪」が、たとえば官僚としてひと括りに見られた時に、ひとつの集団の中での矛盾となり、結果として「顔の見えない悪の集団」のように見えてしまっていたのではないだろうか。

 それは官僚という集団に限ったことじゃない。僕が属している幾つかの集団だってそうだろう。個人個人はそうじゃなくとも「ラジオの人たち」「テレビの人たち」「業界人」等と一括りにされた時に、個人個人が内包している「無自覚な悪」や「すべての声に応えようとする時に生まれる矛盾」が「顔の見えない悪の集団」として際立ってしまうことだってあるのかもしれない。

 時にどこかの誰かの幸せや価値観を否定したり、傷つけたりしているかもしれない自分の中の「無自覚な悪」に気をつけなければならないと改めて思う一方で、こんな言葉を思い出しもした。

「表現というものは、必ずどこかの誰かを傷つける」

 別にその言葉で無罪放免になるとは思ってはいないし、できれば誰も傷つけないのが理想だと思うけれど、多かれ少なかれそういうことが起きてしまうのが僕らの仕事における現実だとも思う。けれど個人的には、たとえ誰かを傷つけるとしても、それが「無自覚な悪」ではあってはならないと改めて思った。自分の信じた道を真っ直ぐ前に進むにあたって、足下に咲いている小さな花を踏みつけてしまうことがあったとしても、少なくとも無自覚に踏みつけることだけはないようにしなければならないと。

 僕なんかですらそう思うのだから、さらに大勢の人たちを相手にしている福山さんは、もっともっと大変だろうし、表現する際の覚悟も並大抵じゃないだろう。ましてや福山さんはそういう「無自覚な悪」に人一倍敏感だ。ライブのMCなどの打ち合わせをしていても、ラジオの本番中でも、常に全方位を見ている。足下の小さな花はもちろん、ようやく土の中から顔を出したばかりの小さな芽ですら踏みつけないように常に気を配っている。

「僕ぁね、誰も傷つけたくないんだよ」
 最近ちょくちょく飛び出す大泉洋さんの物真似で言っているのを聴いたことがある人もいるかもしれない。ふざけた言い方をしているけれど、心からの言葉だと僕は思う。

 今週、福山さんは台湾と香港で本格的に始まる活動の御挨拶に渡航した。それは、今まで以上に「傷つけたくない人たち」が増えてゆくということでもあるのだろう。誰も傷つけたくないと願う一方で、時にどこかの誰かを傷つけるという覚悟も必要な表現者としての矛盾は、これからますます大きくなってゆくのかもしれない。福山さんはそれをどんな風に乗り越えてくれるんだろう。

 まずは、日本だけでなく、台湾と香港でも同時に発売されるオリジナルアルバム『HUMAN』。
 今週、台湾ではドラマの主題歌にも決まったという新曲『暁』が、いよいよ宇宙初フルぶっかけになりますよ!

小原信治

投稿時間:2014-02-27 17:53:34
 
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