福山雅治のオールナイトニッポンサタデースペシャル 魂のラジオ 毎週土曜日23時30分から25時までオンエアー。
魂ラジブログ
2014年1月
Sun Mon Tue Wed Thu Fri Sat
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31  
カテゴリー
・すべて表示
・魂ラジレポート
・福山雅治インフォメーション
・魂ラジインフォメーション
・最愛
・5年モノ
・スタッフ日誌
・小原信治の草の根広告社
 
ニッポン放送がインターネットで聴けます!!
すべて表示
1月16日 小原信治の草の根広告社
『LIVE』
 
 幕を開けてみないと、分からないことってある。

 先週の金曜に作演出の舞台公演をさせて頂いた。2004年に小学館の「ビッグコミックスピリッツ」で連載し、2005年に連続ドラマ化した『GO!GO!HEAVEN!』。ステージで華々しく死ぬことを思いついた集団自殺ガールズバンド『自決少女隊』のとことん後ろ向きに全速力な青春コメディを原作者である僕自身の手で舞台化したものだ。

 公演場所であるライブハウスのステージで繰り広げられるのは完全脚本の演劇ではあるけれど、劇中に何度も自殺目的のライブ、いわゆるロックコンサートが開催されるという、半分はお芝居で、半分はライブというちょっと特殊な演劇だ。一番戸惑うのは目の前にいるお客さんたちだ。お芝居のシーンでは通常の演劇のように存在しないものとして進められるけれど、コンサートのシーンになった途端、ライブの観客として物語の一部に取り込まれ、ステージから罵声を浴びせられたり、煽るようなMCで拍手や歓声を要求されたりという構成になっているのだ。拍手や歓声が頂けなければ次のシークエンスに進めないシーンも数多くあった。物語を進める保険として客席には観客役としての演者も数名配置してはいたものの、一般のお客さんがどんな風に見て下さるのか、どんな反応をして下さるのかは、ゲネプロの段階でも分からなかった。たとえ想像はできても、その時、どんな風になるのかは客席を埋めて幕を開けるまで誰にも分からなかった。

 そして、本番。思っていた以上にお客さんたちが反応して下さったおかげで、ステージ上の演者の感情の動きも良い方へと転がっていたように思うけれど、逆にゲネプロまでは心配もしていなかった部分が幾つもアラとして目についてしまった。終わった後は「あの暗転なくて良かったな」とか「あの芝居、延々やらせなきゃ意味なかったな」等々、僕自身の浅い演出力に後悔することばかりだった。2ステージ目、3ステージ目とあれば直してゆくこともできるんだけど、今回は一発勝負だったのでリベンジするにしてもまた別の機会となる。
 
 まだまだだ。

 そして改めて、主演・脚本・演出でライブを作り上げている福山さんの、全てのセクションに常に目を光らせ続けている集中力と、ステージを作ることの難しさを思い知らされた。「冬の大感謝祭」に至っては過去13回、スタッフのひとりとして近くで見て来たけれど、ゲネプロまで試行錯誤して作り上げて来たステージに、幕を開けてから変更が加わり、日を追うごとに完成度を上げてゆくのを何度も見て来た(もちろん、スタッフである僕自身の企画自体に問題があって変わったことも多々あるのだけれど)。テレビや映画と違って、お客さんが入って、幕を開けて、初めて作品として成立するのがライブだ。経験を積んでお客さんの反応が手に取るように分かるようになれば、初日から完成度の高いステージになるのかもしれない。でも、果たしてそれはライブと呼べるのだろうか。今週の魂ラジで福山さんも「未発表の新曲をやらなきゃ、心からドキドキすることが起こらないと思ったから」と言っていたけれど、だからあえて、どんな反応をされるか未知数な「初めての挑戦」をしたのだろうし、「ライブの実験場」である「冬の大感謝祭」ではこれからもしてゆくのだろう。
 
 だからライブはおもしろいし、でなきゃライブはおもしろくないのかもしれない。そこには常に「ああすれば良かった」という悔しさも伴うけれど。

 今日のニュースで2013年の自殺者は4年連続で減少し、3万人を切っていると報じられていた。それでもこの国では去年だけで2万7195人が自殺している。もっとも多いのが2825人の東京で、その後、大阪、神奈川、埼玉と続いてゆく。戦後、物質的な豊かさの為に欧米から導入したこの国のシステムにはひとつだけ欠けているものがある。数ある資本主義大国が宗教の中にそれを持っているのに対して、この国だけが、自殺はいけないという明確な「答え」を持っていない。

 僕たちの祖先は「LIVE」という外来語を「生」と訳した。ライブが幕を開けてみないと分からないように、人生だって、幕が閉じるまで分からないこともあると信じたい。自分の手で中断してしまったら味わえない幸せや感動があると信じたい。44年しか生きてない人間の「人生」なんて言葉に、重みなんてないかもしれないけれど。

 そう、日曜日に観に行った、結成30周年目にして初めて武道館のステージに立ったバンド「怒髪天」のLIVEでも、そのことを教わった。

小原信治
投稿時間:2014-01-16 17:40:58
 
Copyright © 2014 Nippon Broadcasting System, Inc. All Rights Reserved.