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魂ラジブログ
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2月17日 小原信治の草の根広告社
『あなたに、あなたに、謝りたくて。』

「また暗いの書くんでしょ?『草の根広告塔』に」
 今週の放送で流れた『吾亦紅』に聞き入っていた僕に、福山さんが言った。
そう言えばこのBlog、本当は『草の根広告社』なのだけれど、福山さんはずっとそう呼んでいる。まあ、魂ラジの顔、いわば広告塔でもある福山さんがそういうのなら、「広告塔」でも良いのだけれど(^_^;)

 確かに、福山さんが言うように、『吾亦紅』並みに暗い話もあるにはある。何度「ごめんなさい」と頭を下げても足りないくらいの、謝りたい人もいる。けれど、それは私小説『苦役列車』で芥川賞を獲られた西村賢太さん並みの筆力が身についた時にとっておくとして、今日はそこまで暗くないけれど、まぁ、やっぱり暗い話を書くことにする。落ち込みたくない人はここでブラウザの「戻る」を押した方が懸命かもしれない。

 あの夜、『吾亦紅』の歌詞が必要以上に沁みていたのは、偶然にも翌日というか、数時間後、ランチをともにすることになっていた両親のことを思い出したからだった。
 逢うのは数ヶ月ぶりだった。18歳でひとり暮らしを始めて以来、同じ県内で暮らしていながら実家に泊まった記憶はない。帰るのも年に一度の正月だけ。しかも今年は数ヶ月前に外で食事をしたからいいかと、その正月にすら帰っておらず、逢うのは初めてだったのだ。

“♪あなたに あなたに 謝りたくて 仕事に名を借りた ご無沙汰”

 まさに僕もそんな『吾亦紅』な気分だった。仕事に名を借りてのご無沙汰というだけあって、ご無沙汰な理由のほとんどは仕事ではない。じゃあ何なんだろうと、両親との食事に向かうバスの中で、ぼんやりと考え始めた。『吾亦紅』を受けた前夜の放送で「謝りたいけどだけど謝れない人への手紙」を募集したこともあり、自分だったらこのご無沙汰をどう謝るだろうとも思ったのだ。だけど日曜の昼下がり、海沿いを走るバスの中はのろまな日溜まりに満ち溢れていて、寝不足だった僕はすぐに眠くなってしまった。
 そして、ある夢を見た。

 それは、まだ10代で実家にいた自分が、「引きこもり」になったせいで、両親が途方に暮れている夢だった。でも、僕はそれが夢であることを知っていた。そして、「引きこもり」などできないことも知っていた。なぜなら当時、僕が暮らしていた実家には、引きこもれるような子供部屋がなかったからだ。

 現実の僕は、引きこもるどころか、いつも家を出たいと思っていた。なんとか親の世話にならずに1人暮らしできる方法はないかと考えていた。18歳で家を出るまで、家族5人、3DKの団地で川の字になって寝るしかなかった僕は、ずっと自分の部屋が欲しかった。強烈に欲しかった。誰にも邪魔されずに好きな音楽を聴いたり、本を読んだり、親には見せたくない恥ずかしいこと、例えば、下手くそなエレキギターや自慰行為のような創作活動、そして時には本当の自慰行為など、自分だけの世界に没頭できる空間が、思春期の僕にはどうしても必要だったのだ。

 僕は18歳で家を出て、1人暮らしを始めた。自分だけの部屋を手に入れた。それからはずっと(時々、女の人と暮らしたのを除いて)「自分の部屋」で、ひとり思うがままに生きて来た。そして、実家には年に一度くらいしか帰らなくなった。

「あれ?」
 短い眠りの中で見た自分が引きこもる夢を受けて、思った。僕が実家にも帰らず、家族と殆ど逢わなくなった理由は、ひょっとすると「引きこもった」からなんじゃないだろうかと。たまたま引きこもったのが、実家の外だったというだけで、経済的に自立しているというだけで、精神的には思春期に実家の子供部屋に引きこもったまま大人になった40代と何ら変わらないんじゃないかと。

 自分の生活を振り返ると、確かに引きこもりのようでもあった。仕事の半分以上は1人でパソコンに向かって何かを書いていることだし、もともと友達も多い方じゃないので、仕事以外に人と会うこともほとんどない。外に出ると言っても、ランニングとか散歩とか、一人で出来るものばかりだし、去年海沿いに引っ越してからはますますその傾向が強くなった。そして厄介なことに、そういう「1人きり」の生活が嫌いじゃない。もちろん、淋しいと思うこともあるけれど。
 そんな僕の生活は、村上春樹さん的に言えば「閉じた生活」というものなんだろうけど、両親から言わせればただの「引きこもり」なのかもしれない。

 そんなことを考えているうちに、僕は一足先に目的地である海沿いのレストランに着いた。向かいのバス停で両親を乗せた下りのバスが来るのを待つ。そして、こうやって両親と逢う前にいつも感じる照れくささが、長い間引きこもっている子供が時々必要に迫られて部屋から出る時の気持ちそのものなのかもしれないと思った。もちろん、両親とひとつ屋根の下で暮らす家で引きこもっている人からすると、経済的な依存もある分、僕なんかが想像もできないような苦悩を背負っているのだろうけど。でも、経済的に自立しているというだけで、精神的には一緒だと、その人たちに言いたい。両親に謝りたい。でも、謝るだけで、反省するだけで、今の閉じた生活が変えられるかと言うと、それはなかなか困難だということも。

 両親を乗せたバスが到着した。父と連れだってバスを降りた母が、照れくさそうにしていた僕をいきなり抱きしめた。「我が息子よ〜」と言いながら、ふざけた顔で。僕は41歳で、母はもうすぐ70歳になる。背中に回された母の腕は、とても頼りなかった。

 ディレクターの角銅くんならきっとここで「あなたに、あなたに、謝りたくて〜」という『吾亦紅』のフレーズを流すんだろうな、という想いが頭の片隅に過ぎったせいで、涙だけは見せずに済んだ。

小原信治

 というわけで、魂ラジでは、「謝りたくても謝れないあの人への手紙」をお待ちしています。離れている両親へ、昔好きだった人へ、など、あなたが謝りたいあの人への想いを書いて送って下さい。
投稿時間:2011-02-18 04:44:05
 
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