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3月11日 小原信治の草の根広告社
海の見える家

「海の見える家が欲しいよね」
 そんなことを福山さんと話していたのは、もう10年くらい前だろうか。2002年には『福山エンヂニヤリング』でも、鎌倉・葉山界隈の「海の見える物件」を探して回った。
「海の見える家」
 僕がその憧れを自分の中にはっきりと確信したのは、2001年に夏の海水浴場を舞台にしたライフセーバーたちの青春ドラマ「早乙女タイフーン」の脚本を書いた時だ。暑い夏の最中、脚本の執筆で打ち合わせ以外は都会にある自宅から一歩も出れずに脚本を書いている中、毎週届けられる真夏の海水浴場で撮影された映像は、目の前にあるのに食べられない高級料理と同じだった(実際に真夏の海水浴場で撮影していたキャストやスタッフにとっては地獄だったと思うけれど…)。毎週のように今週こそは早く書き終えて撮影現場である海に行くぞと誓いながらながら、ようやく行けた頃には夏が終わっていた。
 あれから10年近く。改めて振り返ると、「海」を題材にした幾つかの番組にも関わっていた。千葉県、静岡県、神奈川県…プライベートで、仕事で海の近くにいくたびに、自分がそこに住んでいるところを思い描いた。都会で暮らしていても所詮ここは安住の地ではないからと落ち着くことはなかった。僕の中の「ここではないどこか」はいつも、海の見える場所だった。そして、気がつくとその憧れを手にすることなく、40歳を迎えていた。
「そろそろいいかな」
 突然そう思ったのは今年の正月だった。向かったのは、農業に携わるようになってからずっと気になっていた三浦半島のとある農漁村。海に沈む夕陽がとてもキレイで、僕はその日のうちにそこに住むと決めた。東京から車で1時間とは言え、この世界で仕事を始めてから住むもっとも東京から遠い場所。人に相談したら決心が鈍ってしまいそうで、殆ど誰にも言わなかった。
 そして、今週、無事引っ越しが済んだ。すっかり都会暮らしに飼い慣らされていた僕が驚いたのは、背後に山を背負っているせいで、ラジオはAMはおろかFMさえ一局たりとも入らないこと。スーパーは夜8 時で閉まること。これからもきっと都会で当たり前のように享受していた便利がないことに、不便さを感じるのだろう。でも、スーパーが閉まっても、目の前には魚の釣れる豊かな海があり、背後には豊かな農作物の実る野山がある。別に自給自足しようって訳じゃないけれど、だったら大丈夫なんて気になった。
 今朝、早起きして砂浜を散歩した。誰もいない海の向こうに見える富士山が見たこともないくらい美しくて、自分が2時間後に東京で仕事をしているなんて信じられなかった。

小原信治
投稿時間:2010-03-11 18:29:42
 
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