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2月4日 小原信治の草の根広告社
「あしたのジョー」になりたかった。

 僕は「あしたのジョー」になりたかった。
そう、前回の放送で福山さんが「俺は『あぶない刑事』になりたかった」と話し始めた、子供の頃のアホな夢。1980年、11歳の僕は、夕方再放送していたアニメ「あしたのジョー」を夢中になって見ていた(※ウィキペディアによると、再放送にもかかわらず、最高視聴率は31.8%もあったらしい)。続けて始まった「あしたのジョー2」というセカンドシリーズでは「主人公が燃え尽きる」という伝説のラストシーンに、テレビの前で呆然となったのを覚えている。と言っても、ボクシングをやりたかったわけじゃない。僕が憧れたのは、主人公である矢吹丈の生き方そのものだった。ボンサックひとつで自由気ままに旅をし、拳ひとつで生きていること。そして、ボクシングという文字通り、命を賭けるに値するものと出逢ったこと。シンプルなジョーの生き方は、物心ついた時から「自由」というものに憧れていた僕が出逢った理想のひとつだったのかもしれない。

 「自由」と言えば、「銀河鉄道999」にも乗りたかった。
ジョーに出逢う前の9歳の頃のアホな夢だ。僕も永遠の命を求めて、機械の体をタダでくれるという惑星まで、星の海を旅をしたかった。でも、神奈川県の大和市という町の最寄り駅からバスで30分くらいのところにある、汚い川沿いのマンモス団地で生まれ育った僕は、アンドロメダはおろか、北海道にすら行けなかった。当時、電車に乗って行った一番遠いところと言えば、東京は品川にあった祖父母の家くらいだった。

 そんな子供の頃のアホな夢にもかかわらず、大人になった今も、その憧れは少しも色褪せてはいないように思う。就職しなかったのも、独りが好きなのも、荷物を生きる為に必要な最小限にしたがるのも、おそらくはジョーの多大なる影響だ。シンプルに生きたい。自由でいたい。その憧れや強すぎる理想が、時に自分の首を絞めたり、生き難い事態を招いたりすることもある。そんな時、僕は全巻揃えた「あしたのジョー」の単行本を開く。そして思い出すのだ。子供の頃から抱き続けている、アホな夢を。

 僕は「あしたのジョー」になりたかった。
いや、僕は今でも、「あしたのジョー」になりたいと思っている。

 あなたの子供の頃のアホな夢はなんですか?その夢は今もあなたの中で生き続けてますか?

小原信治
投稿時間:2010-02-04 22:17:59
 
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