福山雅治のオールナイトニッポンサタデースペシャル 魂のラジオ 毎週土曜日23時30分から25時までオンエアー。
魂ラジブログ
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1月19日 魂ラジレポート
阪神淡路大震災から14年
先週の魂ラジは阪神淡路震災から14年目を迎えた1月17日の放送でした。
1995年の1月17日、午前5時46分…夜が明けてまだ間もないうちに、町は壊滅状態。
被災地では、6434人もの命が奪われ、5万人近くの方が負傷されたと報告されています。
それから14年後の1月19日、神戸では早朝から様々な行事が行われ、被災された方に黙祷が捧げられました。当時のことを思い出したり、亡くなった人を思ったりしているのでしょうか。カメラに映る方の中には、目にたっぷりの涙を浮かべている方も見受けられました。

番組ではこの日、「震災から14年たった今、あなたが思うこと」というテーマでメールを募集。
ラジオの前のあなたから思いの詰まった沢山のメールをお寄せいただきました。
中には、当時ご自身が震災に遭い、凄まじい恐怖を体験された方や震災で住む場所や親しい友人、家族を亡くされた方からのメールもありました。
びっしりと書き綴られたメール1通1通は、その出来事がいかに強烈で、14年たった今でもくっきりと記憶に焼き付いているのかを感じさせるものでした。

ことあるごとに、命の大切さを訴えてきた魂ラジ。
その中でも、毎年この時期に阪神淡路大震災のことを扱うのには理由があります。
それは…

○ラジオネーム:みわ
「14年前の今日、私は大阪から放送した福山さんのオールナイトニッポンを聞いていました。その後、テレビに映しだされたのは阪神の大変な状況。しばらくその様子に呆然となっていた後、さっきから聞いていた番組が大阪からだったと気づきました。
今みたいにネットもない時代だったから、次の週まで福山さんは大丈夫だったかな…と心配になっていたことを思い出します。当たり前の日常が突然なくなってしまうことが、本当にありえるのだなぁ…とあのとき初めて思いました。他人事に思っている地震のこと、今日の放送を聴いて考えたいです。」

当時、たまたま仕事に来ていた大阪で、かつてないほど大きな揺れを経験した福山さんと魂ラジの作家・小原さん。その時の揺れこそ阪神淡路大震災だったのです。
直後の悲惨さを目にした分、その後の復興への願いも強かった福山さんたち。
小原さんはその後も毎年、この時期が来ると決まって話を聞いている人がいます。
それは当時、震災の為に住む家を失くしてしまったタクシーの運転手さん。
今年もまた「あのときは本当に大変だった…」と、地震から復興にいたるまでの様子を話して下さった運転手さんですが、14年たった今でも「あのときから生活は立て直せていないまま、今に至る。」のが実情だとか。
テレビの画面上では一見すると綺麗に元に戻ったように思える神戸の町。しかし、実際にそこで生活していた方にとっては、本当の意味で元に戻ることはもはや不可能なことのでしょう。魂ラジリスナーの中にも、「久々に帰った神戸の町は、やはり…何か違っていた。私の青春の思い出も一緒にあったはずなのに…」というメールを下さった方がいらっしゃいました。

しかし一方で、このようなメールもありました。

○ラジオネーム:ましゃぷー(兵庫県)
「14年前、私は中学1年生でした。私は近所のマンションが燃えているのを間近で目撃し、怖い思いをしたせいか、一週間くらい体の振るえが止まりませんでした。しかし、辛いことや苦しいことばかりではありませんでした。…水が出ずにみんなで困っていたとき、『うちの水道、少し使えるようになったから、よかったら使って』と近所の人に声をかけてくれたおばちゃん、電話が止まっているにも関わらず、心配して何度も連絡を試みてくれた親戚や友人、身近な人の気遣いだけでなく14年たった今でも、こうして番組で取り上げてくださったり、寄付を募ってくださる方がいたりと、言葉に出来ないほどの温かさをいただきました。これほどまでに水や身の回りにあるもの、人とのかかわりが大切なのだと思っことは無かったです。」

沢山のものを一瞬にして消し去ってしまった阪神淡路大震災。
時がたち、町を離れる人も増える中で、当時のことを知る人は年々減ってきている…といわれています。そうした中、こうして定期的に震災のことを振り返ったり、震災を経験された方の話に耳を傾けたりすることは、震災後に生まれた方や実際には震災を体験していない方にとっても、普段の慌しい生活の中で忘れかけている人と人とのつながりや、大切な人を大切に思う気持ち、そして力強く生きていくことを思い出させてくれることに繋がるのです。
小原さんが話しを聞いた運転手さんも、「不況などの大変さも重なり、ときに死にたくなるようなときもある。けれどそれでも、震災で仲間を失くしたり、生活苦で自殺したりした人を知っているから、生き残っている自分は生きなきゃ…!」と思うのだそうです。

テレビをつければ飛び込んでいる残忍な事件の数々や戦争、あまりにも“人の死”があまりにも多く報告されることについて、
F「どうして、こういう形で人の命が奪われないといけないのか、と思うことが最近多い。」
と話していた福山さん。
阪神淡路大震災から14年目を迎えた今年は、単に減災の為というだけではなく、人間同士のつながりや生かされている人の命の重さにまで思いを馳せてほしい…という願いを込めて、被災地に向け歌ったのでした。
投稿時間:2009-01-19 19:06:25
 
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