福山雅治のオールナイトニッポンサタデースペシャル 魂のラジオ 毎週土曜日23時30分から25時までオンエアー。
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9月18日 小原信治の草の根広告社
「明日の☆SHOW」

 先週、原稿に集中し過ぎたせいで逆にボヤけて来た視点のピント合わせとリフレッシュを兼ねて、以前から気になっていた地方都市へぶらり小旅行へ出かけた。i podにランダムにインストールした最近流行りの曲を聴きながら山と海に囲まれた田舎道を車で走ると、都会にいる時には気づかなかった「今」が色々と見えて来るのである。
 最近流行りの曲を聴いていて改めて感じた「今」。それは、「こんな時代だからこそ、身近にある小さなしあわせを大切にしよう」というメッセージが溢れてやしないかとことだった。改めてドラマのラインナップなんかを見ても、こういうことをテーマにしている作品が「今」は多い気がする。確かに格差社会という言葉も瞬く間に当たり前の現実となった昨今である。不況だと感じている人が圧倒的に多いのが今の空気感である。ここ最近だけでも、世界経済を支える証券会社の破綻。汚染米問題。原油高…などなど不安を掻き立てる報道が圧倒的に多い。そして、報道されている問題がいずれ大きな津波となって家庭生活に被害を及ぼすことをこれまでの経験で誰もが知っている。派手にお金を使う「消費」をベースにした”しあわせ”を望むことはできない。だから、お金の掛からない身近にある小さなしあわせを大切にしよう。前述のメッセージを高らかに歌うヒット曲の数々を聴いていたら、だんだんそんな風に言われているように聴こえて来てしまったと言ったら、被害妄想だよと笑われてしまうだろうか。
 確かに身近にある小さなしあわせを大切にするのは大事なことだと思う。でも、それで満足なのか。満足してしまっていいのかと思ってしまうのだ。強くそう思う瞬間が、今回の小旅行でもいくつかあった。ひとつはお寿司屋さんでひとしきり寿司を食べ、それなりのお金を支払っている時のこと。地元客相手に酒を飲んでいた大将らしき人がぼくにこう言った。
「ごめんね、原油高の影響で今日は良いネタが入ってなくてね、また来てよ」
 顔を見ても悪気がないことは100%分かる。でも…寅さんならきっと「それを言っちゃおしめえよ」と説教を始めるだろう。ぼくはともかく、一緒に食べていた人はごちそうするぼくへの気遣いも含めて「おいしい」と言っていたのだ。この先はおそらく少しばかり過激だろうから、その人にどれだけみじめな思いをさせてしまったかというぼくの心中を加味して読んで欲しいけれど、まずそんな愚痴みたいなことを言うくらいなら良いネタが入らなかった時点で店を開けるな、と言いたい。連れがいなかったら「だったら半額にしろよ」と抗議しただろう。心の中では札束をカウンターに叩き付けて「だったらこの金で今すぐ最高のマグロ釣って来て喰わせんかいコラ!」と言っていた。実際には苦笑いしてすぐに店を出たのだけれど。
 もうひとつは泊まった旅館の朝ご飯。その県でも随一の景色を売りにしたそこそこの老舗旅館であるにもかかわらず、みそ汁が明らかに某有名メーカーのインスタントだったのである。経費削減のために仕方のないことなんだろうけど、もはや理由を聞く気さえ失せてしまった。だったら老舗の看板なんか捨てちまえよ、と言いたかった。心の中では札束を叩き付けて「これで町の高級料亭から一番高い朝飯をケータリングさせろ」と言っていた。実際には何事もなかったかのように朝食を食べ終えたけれど。理由は寿司屋の時と同じ。一緒に行っている人にこれ以上みじめな思いをさせたくはないと思ったからである。
 「こんな時代だからこそ、小さなしあわせを大切にしよう」
 前出の寿司屋の大将も、旅館のみそ汁を(泣く泣く)インスタントにすると決めた人も、おそらくこういうメッセージに共感「だけ」する人なんじゃないかと思ってしまった。それは、不況という現実を前に仕方がないとすべてを諦め、自分の力でそこから脱出する術を考えていないからだ。お金の掛からない身近な小さなしあわせだけで満足し、お金の掛かる「消費」をベースにしたしあわせを自分には手に入らないと早々に諦めてしまったからだ。よく言われることだけれど、貧乏は良いけど、貧乏臭いのはいけない。貧乏を認めた瞬間にのみ、人は貧乏臭くなってしまうものなのだ。
 かくいうぼくは、絶対に小さなしあわせだけじゃ嫌だ。それは、子供の頃、身近な小さなしあわせである家族とのちょっとした贅沢の場で、「お金がない」というどうしようもなさから、今回の寿司屋や旅館の時と同じような惨めな思いをさんざんして来たからだ。惨めな空気をなんとか取り繕おうとする親の気持ちが痛いほど分かっていたからだ。そして、「こんな時、相手に叩き付ける札束があればこんな思いをしなくて済む」ことを嫌ってほど学んだからだ。いや、
札束と書くと誤解を招くからちゃんと書くと、正しくは「札束を叩き付ける心意気があれば」だ。そして、実際に叩き付けるような無粋な真似はせずとも、「札束を叩き付ける心意気」は本当に札束を持ってないと持てないものなのだ。
 身近にある小さなしあわせだからこそ、そこにいる大切な人にみじめな思いをさせたくない。その為にお金が必要なら、ぼくは不況なんかに負けずにがんばって稼ぐべきだと思う。金持ちになるべきだと思う。お金がなくてもないなりのしあわせはあるだろうが、あった方がしあわせの選択の幅が広がるのは事実だろう。だからどんなに歌われようとも、ぼくは「身近にある小さなしあわせ」だけで満足したくはない。してタマるかと改めて思ったのだった。

 音楽に飽きたのでラジオをつける。
日曜の夕方にやっている福山さんの番組で「明日の☆SHOW」が流れて来た。浮かんで来た情景は、「負けた」と泣き言を言っているのは、酔っ払ってこの歌をカラオケで歌っている夜だけで、明日からはまた「勝つ」為に走り出すであろう男の姿だった。

小原信治

(*写真はその地方都市の山道で見つけた珍百景のような看板です。)

投稿時間:2008-09-18 03:09:57
 
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