福山雅治のオールナイトニッポンサタデースペシャル 魂のラジオ 毎週土曜日23時30分から25時までオンエアー。
魂ラジブログ
2008年9月
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9月12日 スタッフ日誌
国民投票結果発表&放送予告★
こんばんは。今夜も魂ブロへようこそ☆
今度の月曜、9月15日は敬老の日です。
毎年9月の第三月曜日に制定され、国民の祝日ともなっているこの日、
あなたはどのような過ごし方をしますか?
家族総出で食事に出かけるという方、
お花やお菓子などプレゼントを贈るという方、
中には久し振りに離れて暮らすおじいちゃんやおばあちゃんに会いに行くという方もいらっしゃるかもしれません。
核家族化が進んだ今、魂ラジリスナーはどのくらいの頻度でおじいちゃん、おばあちゃんと会っているのでしょうか。

そこで今週の国民投票のテーマは…
「あなたが、おじいちゃん、おばあちゃんと最後に会ったのはいつ?」

選択肢はこちらの6つ。
・半年以内
・半年〜1年前
・1〜5年前
・5〜10年前
・思い出せないくらい前。
・一緒に住んでいるので、毎日のように会っています。

結果はこのようになりました。

1位 半年以内 (382票)
2位 一緒に住んでいるので毎日のように会っています(174票)
3位 1〜5年前(126票)
4位 思い出せないくらい前 (121票)
5位 半年〜1年前(96票)
6位 5〜10年前 (93票)

では実際に、投票してくださった方の声をみていくことにしましょう。
 


まずは第一位、「半年以内」とお答えいただいた方から。

○ラジオネ−ム:ゆき(14歳 島根県)
「私が最後におじいちゃんとおばあちゃんに会ったのは夏休みの後半です。
おじいちゃんとおばあちゃんの家はとてもきれいな海から50メ−トルくらいの所に
あってお屋敷です。そこの家は100年ちょっと前に建てられていて、かまどや五右
衛門風呂や井戸などがあります。私はそれらの写真を撮ったり、幅1メ−トルくらい
の路地を散歩したりするのが好きです。また、そこは港なんですが、港から出て行っ
たり海から帰って来る船をずっと見るのも好きです。
78歳のおじいちゃんの船で近くの小さな島に行っておじいちゃんと一緒に泳ぐのも好きです。そこにあるすべてのものがとてもあったかくて私は大、大、大好きです!!
また、おじいちゃんとおばあちゃんの家にいきたいです!そして、私の大好きなおじいちゃんとおばあちゃんに感謝したいです(*^^*)」

○ラジオネーム:SAKKO(16歳 埼玉県)
「私は夏休みや冬休みなど長期休業がある時は必ずおばあちゃんとおじいちゃんに会いに行っています!かなりのおばあちゃん・おじいちゃん子でもあるので2人の元気な顔を見ないと落ち着きません。今年も夏休みにおばあちゃん・おじいちゃん家に遊びに行ってきました。沢山ゆっくりと話せたし2人の元気な顔を見れて良かったです!
凄く昔からいろいろと良くしてもらっていて感謝の気持ちでいっぱいなので私がきちんと仕事に就いたら2人に孝行をしてあげたいです★」

○ちー(中2 神奈川県)
「私は毎週金曜日に、お父さんの方おばあちゃんの家に行ってます。
私が、小さいときからずっとそうです。
おばあちゃんはいつもニコニコして、手料理を作ってくれて、おじいちゃんはいつも私の好きなジュースやお菓子を買って、テーブルの上に並べて待って居てくれます。
ある日、おばあちゃんの家に行くのが遅くなりそうだから、「先にご飯を食べてていいよ」と電話をしました。電話をして2時間後ぐらいに、おばあちゃんの家に着きました。
「ゴメンね〜」と言いながら、リビングに行くと、
おばあちゃんとおじいちゃんは、ご飯を食べないで待っていてくれていました。
「先に食べてて良かったのに〜」と言うと、『みんなで食べた方が美味しいでしょ。それに、
みんなで食べるの、毎週楽しみにしてるから・・・。』とおばあちゃんは言ってくれました。
私は、その言葉を聞いて気づきました。
私にとって、1週間はとても短く感じるけど、おばあちゃんと、おじいちゃんにとっては、
1ヵ月くらいに感じるのだということを。
それから、今度おばあちゃんの家に行くときは遅くならないようにしようと、心に誓いました。」


○ラジオネーム:ぽこぽこ日和 (東京都)
「半年以内です。
祖母は色んな事情があり老人ホームに入居しています。
今は足腰が弱り車椅子での生活・・・
時には風邪をこじらせ入退院の繰り返しで生死をさまよった日々も有ります。
何事にも頑張り屋の性格の祖母です!
毎月ホームに逢いに行っているのですが元気な時は未だにお節介をやく祖母で、それがちちょっと大変^^;な時も有るけれど、でもなるべく笑顔で暮らしていてくれる事を願っている毎日です。」

○かな子(中1 神奈川県)
「おじいちゃん、おばあちゃんとは家が近いので毎月会っています!
二人ともめちゃめちゃ元気で「まだまだ墓には入らん!!」と言っています(^−^)
私はましゃと同じくらいおじいちゃんを尊敬しています!
私が矯正で歯が痛いときもおいしい雑炊を作ってくれたし、 私が生まれてからも何度か大事故に遭っているのに懲りずにバイクを乗り回すし、 菊も家事も何でもできてすごい生命力を持っているからです★☆というわけで、私が投票したのは「半年以内」です!!
これからもおじいちゃん、おばあちゃんには長生きしてほしいです(>_<)」

○ラジオネーム:マム(18歳 兵庫県)
「私は魂ラジブログの国民投票で「1年以内」に投票しました。
おじいちゃんおばあちゃんとはとても仲がよく結構頻繁に会っています。
一緒に映画を見に行ったり買い物したり。
今月13日に私が夏休みに初めてアルバイトをしていただいたお給料をおじいちゃんとおばあちゃんに少しだけれど渡しに行きます。
ここまで成長できたのも二人のおかげですありがとうときちんと自分の口で伝えたいと思っています。」


続いて、意外に多かったのが「おじいちゃん、おばあちゃんと一緒にくらしています」という方。

○さきみ(19歳 愛媛県)
「私は今週の国民投票、「一緒に住んでいるので、毎日会っています。」に一応しました。
というのも、今私は大学生で一人暮らしをしているからです。
私にはお父さんがいないので、じいちゃんは私にとって、祖父でもあり父親でもあります。
じいちゃんとは小さなころからいつも一緒で、大大大好きです。正直グランドファザコンです(笑)。私はじいちゃんには多くのことを教えてもらい、たくさんの愛情を注いでもらいました。(思い出が多すぎて、ここに書ききれません!!)
一人暮らしをするようになってから、なかなか会うことはできないので、今年の敬老の日は愛情たっぷりのプレゼントを贈りたいと思います!!いつまでも元気でいてくれることを願って。」

○ひさの(32歳 愛知県)
「今年90歳になるおじいちゃんと 32年間ずっと一緒に住んでいます。
今は耳が遠いので ほとんど会話は噛み合わないのですが(笑) でも毎日一緒に御飯を食べて 一緒に生活する。それだけで 私にとっておじいちゃんはとても大切な存在です。
昔人間なので 頑固なところもたくさんあるのですが 何歳になっても 自分の中で譲れない 意地を張るところがあるからこそ 今の元気があるんだろうなあ〜と思っています。
敬老の日には毎年ささやかな贈り物はしているのですが おじいちゃんは必ずこういう自分が祝われる立場の時 『この日まで生きてこられたことに感謝』という気持ちで 家族全員に御飯を御馳走してくれます。
自分の祖父ながら そういう気持ちを持って毎日生活している姿を本当に尊敬します。
なかなか会話らしい会話はできないけれど いつしかマシャが『会話なんて噛み合わなくてもいい。ただ一緒に御飯を食べたりできることで充分。』と話していたことがあって たしかにその通りだなぁ〜と改めて感じました。
一日も長くおじいちゃんと一緒に御飯を食べられるように 私もおじいちゃんとの生活をこれからも一日一日大切に過ごしていきたいなと思いました。」

そして、第三位、「1〜5年前に会いました」とお答えいただいた方。

○ラジオネーム:みちょ(名古屋市)
「私が、祖母に最後に会ったのは、2年半位前です。なかなか逢いに行けないので、よく電話で話したり、手紙と一緒に写真を送っています。
祖母は、私にとって目標の女性です。いつも穏やかで、決して人の悪口は口にしない。周りの人の事を最優先に考えてくれる人です。
私も少しでも祖母の様な女性になりたいと思っています。
祖母はもう85歳です。いつまでも元気でいてくれる事を願っています。
祖父は、6年前に他界しました。祖父も祖母と同様、私にとっては、とても大切な人でした。私の事を、とても可愛がってくれました。いつまでも、あの優しさ忘れない様にしたいと思います。」

○ ラジオネーム:みき(広島県)
「私が最後におばあちゃんと会ったのは3年半前です。
私は初孫ってこともあり、小さい頃からおじいちゃんにもおばあちゃんにもとっても可愛がられてた記憶があります。おじいちゃんは20年以上前になくなりましたが、3年半前におばちゃんも高齢には勝てず、この世を去ってしまいました。。
幸いにも同じ市内に住んでたので、毎日のように病院にお見舞いに行き、最後は誰の顔も分からない状態になってましたが、手を握った時握り返してくれたあの手のぬくもり・強さ、きっと一生忘れる事はないと思います。
天国で好きなお刺身をお腹いっぱい食べてると良いなぁ。」
          


○ラジオネーム:姫(37歳 新潟県)
「おじいちゃん、おばあちゃんと最後に会ったのは思い出せないくらい前になります。
私が祖母にあったのは20年近く前になります。祖父には会った事はありません。
両祖父は父方と母方ともに両親が幼い頃に亡くなっていたからです。
住んでいるのが母方の実家だった場所のため母方の祖父の話しはいろいろ聞いていました。
家の近くに建つ朝市の方々に名前を言うと〇〇(町名)の〇〇(母の旧姓)のお孫さん?と聞かれ、祖父の功績をいろいろ聞きました。
小学校や中学校の設立にも貢献したとも…
会った事はないけど、自慢の祖父です。
敬老の日は父親の誕生日の前なので、父親のお墓が近いので姪っ子を連れて父親の墓参りに行く予定にしています。」

○しほり(17歳 千葉県)
「私は半年〜1年に投票しました(^o^)一緒に住んでるわけではないので何かがある時にしか会えません。なのでそこまでじじばばっ子ではないのです!!
周りに、じじばばっ子の子がいて憧れるときがあります。
でも住んでいるとこが近くないので会いたくても会えない時がほとんどです!だから長生きだけはしてほしいです(*^-^)ノ」

○まみち(埼玉県)
「最近祖母に会ったのは、今年のお盆休みに帰省したときです。
家が自営業をしていたため、祖母と過ごすことが多かった私はすっかりおばあちゃんっ子に育ちました。子供の頃から他の子よりもちょっと背が高かった私は、それでも祖母におんぶしてもらうのが好きだったようで、「はんてんからいつも足が出てた」と、今でも言われます。祖母は今年93歳で、私よりもだいぶ小さくなってしまいましたが、元気です。
なにもしてあげられないのですが、「○○ちゃんが来てくれてうれしい。」と言ってくれるので、お盆とお正月にはなるべく帰るようにしています。」



しかし一方で、もうずいぶんと長い間、おじいちゃんやおばあちゃんと会えていない…
という方もいらっしゃいます。

○由紀(岡山県)
「私が最後におばあちゃんに会ったのは、もう15年も前になります。
父方と母方の祖母が3か月のうちにどちらも亡くなってしまったのです。
父方の祖母は末期の胃がんで、半年くらい闘病生活を送り、何度もお見舞いに行ったりしたので、ある程度覚悟はできてましたが、母方の祖母は老衰でお風呂に入ったまま亡くなっているところを、たまたま訪ねて行った叔父が見つけてのことだったので、本当に突然の別れでした。私が生まれたころには、すでに祖父は他界していたので写真でしか顔は知りませんが、働くようになって、やっとおばあちゃんに感謝の気持ちも込めた贈り物ができるようになったなぁ…と思った矢先だったのでそれが、いまでも心残りです。
小さい頃は、帰省のたびに手作りのごちそうをよういしてくれたり、おこづかいをくれたり、私が受験の時には、お参りに行ってくれたり、黄身が2つの卵を食べると合格するとどこかから聞いたらしく、それをたくさん送ってくれたり、優しいおばあちゃんでした。」






●ラジオネーム:SUNSET BLUE(30歳 愛知県)
「4年前に亡くなった、いかりや長介さん似の祖父は、いろいろなエピソードがあります。
ニュースで何かの事件のことが流れたりすると、
「こげん奴がおるから日本がダメになるんじゃ!」とテレビに向って文句を言ったりしていました。 また、軽い脳梗塞の発作で庭で倒れ、見たこちらがオロオロするほど、
眉の上がパックリ割れるほどの怪我をしたのに、「こんくらいのことは何ともないんじゃ!」と言い張り、父に怒られるまで病院に行かなかったり…。
そして、祖父は酒豪でした。
田舎に帰って親戚が集まったりすると、お酒を飲みまくってテンションが上がって、武勇伝を語っていたり、 水戸黄門のように「はっはっはー」と、声高らかに笑っていたのを記憶しています。そして、飲み過ぎて頭が痛くなったのか、 痛い…痛い…」とうめきながら寝ていました(笑)。とてもせっかちな人で、いつも5分前行動。
80歳で心筋梗塞で倒れるまで車を運転し、我が家の買い物担当係でした。
保育園の送り迎えも祖父がしてくれていました。
厳しい面もあったけど、私は祖父が大好きでした。
ひ孫に会わせてあげられなかったのが唯一の心残りです。」


○佳子(38歳 岡山県)
「私のお爺ちゃんとお婆ちゃんはもう亡くなっています。
この大好きだった祖父母と最後にあったのは、、、祖母は平成13年5月の連休。まだ生まれて1月半くらいの長男を見せに行って、とても喜んでくれて・・・細くなって今にも折れそうなほど細い腕でブクブクに太って重たい曾孫を抱いて、満面の笑みで「可愛いなあ」と何度も何度も繰り返していた姿は忘れられません。
帰り際「また、連れてきて見せてよ」と言った言葉が祖母と交わした最後の言葉です。
それから2週間後の平成13年5月27日、あっけなくこの世を去ってしまいました。
祖父は、認知症があり、何年も特養に入っていました。私の事も誰かももうわからなくなっていましたが、面会に行くと、とても喜んでくれていました。」

○ちえみ(50歳 愛知県)
「思い出せないくらい前です。
私の大好きだったおばあちゃんは、亡くなってもう17年位になるから・・・
94歳で亡くなりましたが、93歳くらいまで現役で家事をこなしていた、芯がしっかりしていて、働き者で、そしてちっちゃくてかわいい、本当に おばあちゃんという感じのひとでした。私の子どもたちが生まれたとき、産院から退院するときに病院から家までひ孫をしっかり抱いてくれて帰ってきたことをよく思い出します。
子どもたちにはおばあちゃんにあやかって元気で長生きしてもらいたいと思ったものです。
福山さんの「蜜柑色の夏休み」を聴くといつもそんなおばあちゃんのことを思い出します。
小さい頃、バス(汽車ではなくて)で20分くらい離れたところにすんでいたので、
休みになるとよくボンネットバスに乗って一人で行ったものです。
本当になつかしい思い出です。みんなに好かれていたかわいいおばあちゃん・・・。
私もそんなおばあゃんになりたいなぁと思っています。」


○件名:国民投票…じいちゃん、ばあちゃんと最後に会ったのは?
「寂しい事に、祖父母は他界していません。両親が九州と北海道出身で本当に数回しか逢えませんでした。なかでも、父方の祖母との苦笑してしまう思い出があります。
母から祖母が電話で、『畑仕事をした後、御近所さんとお茶を飲むのが日課』だと聞いた私は『afternoon tea か洒落てるなぁ』と思い、祖母にティーカップのセットをプレゼントした事がありました。勿論、祖母は喜んでくれて毎日 使うと言ってくれました。
祖母が亡くなった時、伯父が聞かせてくれた話があります。
祖母は本当に毎日、カップを大事に使ってくれていたそうです。
紅茶用のカップだったけれど、緑茶を入れて、近所の人と飲んでは、一番末の孫がくれたと話ていたとか。私、勘違いしてたんです。祖母が紅茶を飲んでるって…。日本茶なのに。
でも祖母は、湯呑み茶碗の方が良かった。 なんて一言も言わず、当たり前の様に、緑茶を入れ、ソーサーには、お茶菓子をのせて飲んでいたそうです。
それを聞いて、恥ずかしかったけれど、お婆ちゃんの優しさに、ありがとうって感謝しました。数少ない思い出です。」

しょっちゅう会えているという方はもちろん、もうしばらく会えていないなぁという方も、
本当は大好きなおじいちゃん、おばあちゃん。
久しく会えていないなぁ…というあなたは、もし可能であれば今週末に会いに行ったり、電話で声を聞かせてあげたりすれば、きっと喜んでくれるに違いありません☆
福山さんや荘口さんは、おじいちゃんやおばあちゃんとどんな思い出があるのでしょう(^^)

明日の魂ラジは…
先週も予告したとおり、福山さんの口からまた新たな情報が発表されます!!
ここのところ嬉しいお知らせが盛りだくさんの福山さん。
一体どんなニュースが飛び出すのでしょう!?
もちろん、番組に寄せられた福山さんの“あたらしいうた”「明日の☆SHOW」の感想もじゃんじゃんご紹介していきますよ☆
メールは
masha@allnightnippon.com
どしどしお寄せください。
明日の魂ラジもどうぞお楽しみに(^^)y



投稿時間:2008-09-12 22:55:04
 
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