福山雅治のオールナイトニッポンサタデースペシャル 魂のラジオ 毎週土曜日23時30分から25時までオンエアー。
魂ラジブログ
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9月1日 魂ラジレポート
福山雅治×宇津木元監督@
「最愛」着うたダウンロード大好評★
というおめでたいニュースで始まった先週の放送。
music.jpでは、週間ダウンロード数第1位を記録するなど、今まさしくノリにノってる状態ですが、そんな「最愛」フルぶっかけの舌の根も乾かぬうちに、福山さんの口からこんな大ニュースが飛び出しました。

F「来週もこの番組で、福山雅治のあたらしいうた宇宙初フルぶっかけがありますよ、お前ら!」

来週9月6日の放送で、「HIGHER STAGE」、「最愛」に続いて、早くも2008年3回目となる宇宙初フルぶっかけをお届けできることが決定!!
さらに嬉しいことに、この新曲、福山さんの出演するKIRINの缶コーヒー「FIRE」のCMソングなんだとか。
リスナーも大混乱のこの新情報。
ですが、そんな重大ニュースを伝える後ろで、なにやら聞こえるのが「カシャカシャ」というシャッター音・・・。

F「カシャカシャ言ってるのが気になられるかと思いますが・・・。CITIZENさんの新しい広告のための撮影で、今まさに撮ってもらっています。」

実は「風とロック」の箭内道彦さんが魂ラジにお見えになり、魂ラジ中の福山さんを激写していたのでした。これもまた仕上がりが楽しみですよね★

そんなわけで最近の福山さんは、映画にドラマに北京にCM撮影に新曲に、そして週末はサザンのライブに・・・と大忙し!
その忙しさといえば、洗濯物をたたむ暇も(それでも色柄物はキチンと分けているそうですが。)、掃除機をかける暇も(それでもクイックルワイパーは欠かさないそうですが。)ないほどなんだとか。

ですが、そんな福山さんにも負けず劣らずお忙しいのがこの方・・・、
北京オリンピックで悲願の金メダルを獲得した、女子ソフトボール元監督の宇津木妙子さんが魂ラジに生登場してくださいました!

福山さんと宇津木さんといえば、シドニーオリンピックで出会い、アテネオリンピックの宇津木さん引退に際しては「わたしは風になる」を贈ったというエピソードのある仲。
福山さんもお互いの関係を、
F「僕と宇津木さんは“恋人以上”のものがありますからね!」
と言ってしまうほど。
そんな“恋人以上”の二人が、出会ってからの8年と、ソフトボールの8年後の未来を語り合いました。

今回、念願の金メダルを手にした女子ソフトボール。
上野選手の力投はもちろん、宇津木さんの「よし!よし!よし!やったー!!」という名解説に涙が止まらなかった方も多かったのでは?
それを証明するかのように、先週宇津木元監督の出演をお知らせしてから、魂ラジには宇津木さんに宛てたたくさんのメールをお寄せいただきました(^^)

ラジオネーム:実紀子さん(東京都)からは・・・、
「優勝が決まり、『よし!よし!よし!やったぁー!』と叫んだ瞬間は、“監督”宇津木妙子だったのでしょうか?“解説者”宇津木妙子だったのでしょうか?それとも“視聴者”宇津木妙子だったのでしょうか?あの時の想いを教えてください。」
という質問が。これに対して宇津木さんは、あの瞬間のことをこう振り返ります。

宇津木さん(以下U)「あの時は、監督になった気分でやっていましたよね。選手の元に飛んでいきたかったくらいです。」

あの名実況で、私達もまるでベンチにいるかのような臨場感を味わわせていただきましたが、宇津木さん自身も選手たちと一緒にいる思いだったんだそう。
もちろん、福山さんもあの瞬間の思いは一入だったようで、

F「宇津木さんは4年前のアテネの時から、『私が監督じゃなくても、日本の代表が表彰台の一番高いところにたって、金メダルを獲ってくれるのが夢』とずっと言っていたんですよ。だからあの瞬間っていうのは、本当に夢が叶った瞬間だったんですよね。それを知っていたからこそ、僕もあの時はドバーっと涙が。」

と、あの瞬間の感動を語ります。
実はあの金メダル獲得の瞬間は、宇津木さんのソフトボール人生をかけた熱い夢が叶った瞬間でもあったのです。
というのも、自身も1985年の現役引退までは、名三塁手として活躍した宇津木さん。
参加した1978年の世界選手権では、アメリカに負けて惜しくも第2位という悔しい結果に。
そのときから「アメリカを破って金」というのは宇津木さんの悲願だったようです。

F「宇津木さんにとって、30年前からずっと金が夢だったんですよね。今回、その30年越しの夢に僕らも立ち合わせていただいたな、という感じがあるんですよ。男子リレーの選手が言っていた、『僕たちが獲ったメダルじゃなくて、今まで関わってきた人たちみんなの力でとったんだ』っていうのが印象的だったんですが、宇津木さんもきっとこういう思いなんだろうな、日本ソフトボール30年の歴史の力なんだと思われているんだろうなと思ったんですよ。」
U「それは本当にそう思いますね。今まで関わってくださったみなさんの夢が叶ったんだと思います。」

宇津木さんが監督となった2000年のシドニーオリンピックのころから、それは厳しい練習をしてきた女子ソフトボール。
3時間ノック、1000本ノルマの打ち込み、走りこみの末のサーキットトレーニング・・・。
聞いただけで目も眩みそうな厳しい練習の結果、実力的にはアメリカと拮抗するようになっていたものの、どうしても勝てなかった・・・。

F「そこには勝てない“何か”があったんですよね。それは、ほんとに小さな差だったけれど、宇津木さんにとっても選手にとっても大きなハードルで、そこを埋めるのに8年かかったんだと思います。今回も最後の最後でしたよね。選手たちの勝つんだって想いがどんどん集約していって、上野選手を引っ張ったな、という印象がありますよね。」
U「そうですよね。あのときはやっぱり“弱さ”があったなと思います。だから、アテネからの4年間で本当に変わりましたよね。」

そして、ソフトボールがひとつHIGHER STAGEに上ろうとしていたこの頃は、宇津木さんと福山さんの初対面の時でもあります。
今でこそ、デコメのやりとりをするまでの仲ですが、第一印象はどんなものだったんでしょうか。

U「それがね・・・。伊豆の天城で、取材時間1時間って言われていたのに、結果2時間になって、私すごい怒ったんですよ。貴重な練習の時間だったので。最初はもう、そんなあんまり良くないイメージでしたね(笑)」
F「彼女の家に遊びに行ったら、お母さんに怒られたみたいなね(笑)そもそもなんで取材に行ったかっていうと、俺小学校のときにソフトボールやってたんですよ。だからやってた1人としても、応援したかったんです。
・・・でも俺もさ、どうたたずんでいいかわかんなかったし、宇津木さんも当時は本当にピリピリしてたからね。いつもサングラスかけて・・・、あのサングラスかけてるのは、宇津木さんかターミネーターか、ぐらいの!(笑)」
U「あの時はほんと鬼でしたよ。厳しく指導していたし。」
F「僕も手あげられるぐらいは覚悟していました(笑)でも、そういうもんですよ。俺もコンサートの前に取材なんかで入られると、『ちょっと・・・』って思ってしまったりしますもん。」

そんな、ちょっとよくない第一印象だったという福山さん。
宇津木さんの中でその印象が変わったのはいつごろだったのでしょうか?

U「シドニーのグラウンドで、見つけてすぐにあいさつしに来てくれたんです。それってなかなかできることじゃないじゃないですか。だからすごくうれしくて、それ以来ですね。」F「宇津木さんだったら、ふところに入れば受け止めてくれるはず!と思ったんですよ(笑)」
U「今では福山さんが一番わかってくれてますよ。」
F「いやいや・・・。でも宇津木さんはいつもこうやって『本当にありがとうございます』って言ってくださるんです。それは誰にかっていうと、僕自身というよりも、“福山雅治を通じてソフトボールを知ってくれてる人”に言ってるんです。普通は目の前にいる人にしか言えないのに、そういうところがほんとにすごいなぁと思うんです。」
U「いろんな地方に行っても、福山さんのファンはいつも丁寧に声をかけてくれるんです。女性ってやっぱり嫉妬深いじゃないですか(笑)だけどいつも気持ちよく応援してくださって。そういうことが嬉しいからいつも『ありがとうございます』と伝えているんです。」

この会話からも、今の二人がとってもいい関係を築いていることがわかりますよね。
魂ブロでは、こんな二人の熱いソフトボールへの思いをお届けしていきます★
選手たちの裏話や、宇津木さん流の教育論まで飛び出した先週の放送。
明日からの更新もぜひぜひお楽しみに(^^)y
投稿時間:2008-09-01 21:46:15
 
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