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7月3日 小原信治の草の根広告社
「椅子を作っている机さん」
 
 歩き続けているうちに、東京から持って来てしまった厄介事や悩みが遠くなってゆく。真っ白な太陽。匂い立つ緑。清流の奏で。踏み締めるたびに感じる、大地の鼓動。ただそれだけで全身が満たされてゆく。無心になる。トレッキングハイ。やがて、澄み切った青空みたいな心の中で、色々なことを考え始める。
 自分とは。命とは。地球とは。過去とは。現在とは。未来とは。そして…。
「地球に生まれて良かったぁー!」(by 山本高広)
 2002年、バイクツーリングとしてスタートしたCrazy Horse6年目の旅は、こんな最高な日々の連続だった。
 とまあ、旅の概要については福山さんも番組で話していたし、言い切れなかったことは旅のこぼれ話含めて、改めてちゃんとお伝えするとして、今回はそんな旅でとてもお世話になったある人について書きたいと思う。
 そう、福山さんも番組でちょこっと触れていた表題の人「椅子を作っている机さん」のことだ。
 机さんは、長野県出身の37歳。スウェーデンに13年住んでいる家具デザイナーだ。本業の傍ら、雑誌に北欧の記事を書いたり、雑誌やテレビなどの北欧取材の通訳兼コーディネイターをしているという。今回は全く馴染みのないスウェーデン語の国でちょっと深く踏み込んだ旅にしたかったこともあって、同行をお願いした。
 第一印象は、無口な人(←ごめんなさい(^_^;))。まあ、始終あーでもないこーでもないと喋っている福山さんやぼくらに比べたら誰だって無口になってしまうのだろうけど(^_^;)
でも、ストックホルムの街を案内して貰いながら時折り漏れ聞こえる机さん自身の「これまで」を訊くにつれ、それも仕方ない、と思うようになった。何しろ大学卒業後、家具デザイナーを目指して、言葉も分からなければ、友達すらいないスウェーデンに単身渡航。孤独に耐え、13年間ずっとひとりで頑張って来たのだ。しかも東京じゃない。アメリカでもない。日本人にはおよそ馴染みのない国スウェーデンなのだ。日が長い3ヶ月の短い夏はともかく、9ヶ月間続く冬はほとんど太陽と逢うことのない闇夜の日々。何もなくたって多くの人が鬱屈としてしまうという北欧の冬を13回もひとりで越えて来たのだ。無口になるくらい仕方ない。ぼくなら絶対、孤独に耐えかね、尻尾を巻いて帰国していただろう。でも、そんな13年をたったひとりで闘いながらモノ作りをして来た机さんからは、福山さんを始め、ぼくの周りでモノ作りをしている人が原動力のひとつとしている「何か」が感じられないのが不思議だった。
 ともあれ、今回、そんな机さんの心を開かせたのが、我らがリーダー福山さんの巧みな話術と、アビスコの大自然だった。スウェーデン在住の机さんも滞在したのは初めて、というこのアビスコ国立公園。毎日自然の恵みである有機野菜をふんだんに使ったおいしい料理を食べ、大自然の中を歩き、サウナで裸のつきあいを(したのは作家今浪だけだったけど)するうちに、次第に旅の仲間ともいえるくらい打ち解けていた。行きの寝台列車ではぎこちなかったぼくら作の自己紹介「椅子を作っている机です」も、次第になめらかになって行った。帰りの寝台車、13年前で日本の時間が止まっている(?)机さんのパソコンに入っていたジャパニーズポップスの懐かしい名曲たちを聴きながらともに旅情に浸る頃には、ぼくたちはこの旅と、スウェーデンの大自然と、そして、そんな国の入り口になってくれた机さん自身との、離れ難い想いに駆られていた。
 最終日、自宅で手料理を御馳走してくれるという(半ば強引にお願いした感もあったけれど)机さんの家に向かう途中、彼が恥ずかしそうに言った。
「ぼくの椅子、見てって下さい」
 そして、自宅から歩いて数分のところにあるアトリエにぼくらを案内すると、まだ世界にひとつしかない試作品の椅子を見せてくれた。
『横に揺れるノッキングチェアー』
 それは、未だ体験したことのない不思議な坐り心地の椅子だった。
「売れるといいですねー、どうすれば売れるんだろう」
「でも、作りたいものを作ってるだけですから」
 控えめな、でも確固たるポリシーを臭わせるその答えからは、資本主義社会で生きる日本人特有の「ギラギラした野心」は感じられなかった。そう、それが机さんに感じられなかった「何か」だった。プロである以上、モノ作りにおいては「売れること」を求められるのがぼくらの常だけれど、この国にはモノ作りに携わる人にとってそういうものを強要しない居心地の良さがあるのだろうか。そう思いながらもぼくは、やっぱりその椅子が世界中で売れて、遠く離れた日本にも届くといいな、と思った。故郷で机さんのことを想っている人たちのところにも、いつか。

 机さんの手料理はとてもおいしかった。
自家製の明太子。サーモンのたたき。野菜たっぷりの鮭のちゃんちゃん焼き。どれもスウェーデン中の日本料理屋より、遙かに美味かった。福山さんはご飯を3杯もおかわりして、早々にひとりテレビの前でしあわせそうな寝息を立てていた。
「机さん、こっちで和食の店出したらいいじゃないですか。絶対成功しますよ」
 ぼくが言うと、机さんは笑いながらこう答えた。
「だからやらないんですよ、成功しちゃったら何しに来たか分からなくなっちゃうじゃないですか」
 誰も自分のことを知らない世界でひとりきりで生きていく為には手段を選んではいられない。食べていくにはやれることからやるしかない。その現実を誰よりも知っているからこそ机さんは「売れるものを作る」ということすら許容しない「作りたいものを作る」という頑なな決心を貫きながら、この国に来た理由を見失わないように、流されないようにしているのかもしれない、とその時思った。そして、そんな不器用なくらい真っ直ぐな生き方をしている机さんのことが、ますます好きになった。

 このページを見てくれているであろう机さんへ。
 スウェーデンでは本当にどうもありがとうございました。
 約束の品、近々に船便で送らせて頂きます。
 いつか机さんの椅子を日本でも目にする日が来ることを、
 Crazy Horse一同願っています。

小原信治

(写真は、机宏典さん作『横に揺れるノッキングチェアー』です)
投稿時間:2008-07-03 08:08:08
 
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