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5月31日 小原信治の草の根広告社
「飼育禁止の集合住宅におけるペット問題」どう思いますか?其の四
 
 今週もたくさんのメールありがとうございました。御意見も勿論ですが、有り難かったのは「お誕生日おめでとう」のたくさんのメッセージでした。福山さんも言ってましたけど、こういうの、年を取れば取るほどにうれしいものなんだなぁ、というのを改めて実感しました。本当にありがとうございます。
 さて、今日で38歳になりました。そんなぼくには30歳を越えた辺りから年々強くなっている思いがあります。
「毎日笑って生きていたい」
 ひょっとすると、それが長生きの秘訣だから、本能的にそう思っているのかもしれませんが(^_^;)、
 先週から今週にかけてニッポン放送「東貴博のヤンピース」の中で放送されたラジオドラマ「忘れられない恋のうた〜私の中のもうひとりの僕〜」の脚本でも書いたのですが、ぼくの中にもその主人公と同じような「17歳だった頃のもうひとりの自分」がいます。そいつは曖昧とかしょうがないとか、間違ったことが許せなくて、理不尽なことにいちいち噛み付いては理屈っぽいだだをこねたり、青臭い正論で相手をとことん論破して、挙げ句の果てに泣かせたり傷つけてしまう困った奴です。正直、つきあっているだけで疲れます。そいつが理不尽に噛み付こうとするたびに僕は「もういいよ、放っとこうよ」と言うのですが、そのたびにそいつは「ちっ、つまんねえ大人になりやがって」という言葉で僕を脅します。で、17歳の頃に「なりたいものはまだ分からないけど、つまらない大人にだけはなりたくない」と強く思った僕は、仕方なくその青臭い思いに従って行動させられるのです。今回、「集合住宅におけるペット問題」に目が行ったのも、最初はそんな青臭いもうひとりの自分に引っ張られて仕方なく、という感じでした。
 でもある時、そんな風に青臭い正論を吐いている自分の顔を鏡で見ました。
最悪でした。「これは絶対にモテないぞ」そう思いました。もちろん、17歳のもうひとりの僕が持っている青臭さはもはや自分のアイデンティティでもあるし、作品を生み出す原動力でもある。今更捨てたくても捨てられるものでもなく、一生つきあい続けるしかないと今は思っているのですが、だからと言ってこのままでいいと言うわけでもない。17歳のもうひとりの自分と一緒になって小石に躓いては、眉間に皺を寄せてイライラしているたびに、ぼくは自分の中のやさしさが失われている気にさせられます。寿命が縮まっている気がします。それだけで一日中どんよりとした嫌な気分になります。そして、そのたびに強くこう思うんです。
「毎日笑って生きていたい」
 湿度が高いことを「不快指数」なんて言葉で現すこの国です。満員電車なんて理不尽なものに乗らなければ都市機能がマヒしてしまうこの国です。普通に生きているだけでもそんな誰のせいでもないことで笑顔が失われるこの国で生きていかなければならないのだから、できればそんな国で長生きしたいと思っているのだから、それ以上のことでイライラしたり、怒ったりしたくないわけです。じゃあそんな国で「毎日笑って生きていく」にはどうすればいいのか?誰もがそうだと信じたいところですが、自分が笑う為に他人の笑顔を踏み躙っても心から笑うことはできないでしょう。今回の問題で言えば、「自分がペットを嫌い」だからと言って、「ペットを好きな人」の飼いたいという自由を制限、つまり、ルールで禁止したところで、笑顔ではいられません。少なくともぼく自身は。「自由」=「笑顔」だと思っているぼくみたいな人間にとっては、そもそも「禁止」事項が存在する、ということ自体がストレスに感じられるのです。
たとえその禁止が自分に向けられたものでなくとも、そんな場所で笑ってはいられないのです。
 そんなわけで前置きがとっても長くなってしまいました。みなさんからたくさんの御意見を頂いた「集合住宅におけるペット問題」。
 「毎日笑って生きていたい」と思っているぼくの結論はこうです。

「まず、飼育を禁止するのをやめるところから始めてみない?」

 確かにペットアレルギーなどの当事者にとっては切実な健康上の問題もあると思います。でも、そんなすべての問題も含めて、まずは集合住宅でペットを飼う自由を認めた上で考えたいと思うのです。
 大好きな物語に「北風と太陽」というのがあります。旅人のコートを冷たい突風で吹き飛ばそうとする北風と、暖かい日差しで自分から脱ぐようにし向ける太陽の話です。同じようにコートを脱がせるなら、みんなが笑顔でいられる方法を取りたいと思うのです。
 集合住宅は満員電車です。そこでは誰もが自分のスペースを死守しようと必死になっています。ストレスが充満しています。それはそこで暮らしているペットにも影響しているでしょう。神経が過敏になって、他人に吠えたり、噛み付いたりするのでしょう。そのストレスが人間にも様々なアレルギーとなって現れるのでしょう。
 そんな集合住宅だからこそ「自由」が必要だとぼくは思うのです。「自由」の中でこそ人は笑えると思うから。集合住宅が、たとえば海のような場所になればいいと思うんです。考えてみて下さい。海は自由です。確かに煙草の吸い殻を捨てるのはマナー違反ですが、海で煙草を吸うことを禁止されてはいません。
砂浜に吸い殻を捨てる人を憎々しく思うぼくですら海で煙草を吸うのを禁止すればいいとはこれっぽっちも思いません。だって海を見ながら一服することがどんなに気持ち良いか、かつて煙草を吸っていたぼく自身よく知っているから。吸った以上自分で捨てる責任があるということだけ分かっていればそれで良いんだと思うのです。そして、ペット問題もこれと同じなんじゃないかと。
「飼う人間の責任ある自由と、それを受け入れる側の太陽のようなやさしさ」
 青臭い理想論だと言われてしまえればそれまでですが、ぼくは今回のペット問題もこんな風に考えて、そして、毎日笑っていたいです。そして、たとえエレベーターの中で禁止されているペットのうんこを踏んでも「おいおい、うんこ踏んじゃったよ」と高田純次さんのように笑っていられる38歳になりたいと思うのです。

小原信治
投稿時間:2007-05-31 23:30:29
 
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