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「東京タワー〜ボクとラジオと時々オカン〜」第六話 |
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1992年1月10日、木曜深夜3時。
数々の伝説を作ってきたラジオ番組「オールナイトニッポン」に、
新たなパーソナリティーが誕生した。
そう、1987年夏の上京から、5年。
アーティストとしてのブレイクを目前にもうひとつの夢を掴んだ、23歳の福山雅治だった。
これは、18歳で故郷長崎を旅立った彼が、
東京で「ラジオ界の国宝」と呼ばれるまでに至った、
20数年に渡る、壮大な上京物語である。
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1990年3月21日。
「生意気でバカでエロ」だったボクは、2年間の保護観察期間(?)を経て、
シングル「追憶の雨の中」で、ついに念願のCDデビューを果たした。
そして、1ヶ月後にはファーストアルバム「伝言」を発売。
これがドカンと売れた!!!
…わけもなく、予想通り「鳴かず飛ばず」の状態が続いた。
ボクに与えられたのは、あり余るほどの自由な時間と、ただ「消費」をするだけの日々。
しかしこれでは当然、食っていけるわけもない。
ボクはデビューしてからも、事務所に内緒で、こっそり日雇いのバイトをしていた。
そう、「バカでエロでパチンコで日通倉庫」だったのだ。
1990年5月4日。渋谷Egg-manでの初ライブ。
そのときのボクには、「これは正解じゃない」ということだけが、はっきりとわかっていた。
追い求めている「正解」は何なのか、それはわからないまま。
「自分の自由にやらせてください」。
そうは言ったものの、さっぱりシングルは売れない。
それでも、とにかく前に進もう。
自分には、運も実力もない。
そう感じ始めていたボクは、まず「プライド」を捨てることにした。
「菊池桃子さん出演のCMソングを歌ってくれる人を探してるんですけど」
自分の作った歌ではない、そんな話も受けることにした。
1990年11月7日。2ndシングル「アクセス」リリース。
自分以外の誰かと使ったその歌が、ボクの初めてのCMソングになった。
それでも、悪いことばかりじゃない。
「菊池桃子が福山雅治にエール!」
新聞には、そんな見出しが躍った。
ボクはCMに出演する菊池桃子さんから、ステージで花束をいただき、
初めて「東京のきれいな女優さん」と一緒に、スポーツ新聞に載ったのだった。
1991年2月21日 3rdシングル「風をさがしてる」リリース。
1991年3月21日 2ndアルバム「LION」リリース。
相変わらずCDは売れない日々が続いていたが、
ライブハウスでは、徐々にお客さんが増えるようになっていた。
人が入りすぎて鉄の柵が曲がってしまったり、
夏のライブでは、酸欠のためお客さんが失神してしまったりしたこともあった。
ボクはそんなライブの様子を目にして、こう思うようになっていった。
「もしかして…CDが売れなくても、武道館でのライブも夢じゃないかもしれないな」。
だから、ドラマの話がきたときも、
「せめてライブハウスが満員になるまでは待ってください」と言って断ったこともあった。
さすが、「バカでエロでパチンコで日通倉庫」だ。
そんなボクが初めて出演したのが、TBSドラマ「あしたがあるから」。
「歌手」であるよりも先に「俳優」として認識されることに若干の不安を感じながらも、
ボクは「役者ロック」の福山雅治として、世間に認知されるようになっていた。
1991年10月21日 4thシングル「WHO WOW/ただ僕がかわった」リリース。
1991年11月6日 3rdアルバム「BROS.」リリース。
そして、1992年1月10日。
この日、ボクはついに一つの夢を叶えた。
その夢とは、「オールナイトニッポンのパーソナリティーになる」こと。
オーディションを経て、ボクはついに念願の、
「オールナイトニッポンのパーソナリティー」としての第一歩を踏み出した。
「夢が叶うって、こういうことなんだ…」
ボクは、それまでに味わったことのない感動を感じていた。
人から驚かれるようなエロトークを武器に、
「ラジオ界の国宝」への道を着実に歩み始めたボクは、
4月、あるドラマに出演することになった。
1992年4月 TBSドラマ「愛はどうだ」出演。
そして、その挿入歌としてあるシングルが発売された。
「Good night」 作詞・作曲:福山雅治 編曲:松本晃彦
君を大切に思えば思うほど
してあげたいことが増えて
僕をわかってもらえるように
今度は僕の好きな場所へ連れてくよ
少しずつでも2人は近づいて行けるように 君のことを話してほしいよ
まだ知らないことばかりだから
ただあてもなく ただ静けさが広がる
まだ君のこと 今日もひとりじめできずに
あの角ハンドル切れば 今夜は…おやすみ
「愛」だの「恋」だの、恥ずかしくてそんなこと、とても書けない。
そう思っていたボクが初めて書いた、ラブソングが、この「Good night」だ。
でも、初めて人から「いい歌だね」といわれた曲も、この曲だった。
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念願のCDデビューから2年で掴んだ、初のスマッシュヒット。
しかし、そんな彼を待っていたのは、一切の人間的自由を奪う殺人的なスケジュールと、
国民的な人気者になった者だけが知る、深い孤独と絶望だった…。
「福山雅治版 東京タワー〜ボクとラジオと時々オカン〜」
第七話へつづく!
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投稿時間:2007-04-17 21:52:42 |
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