福山雅治のオールナイトニッポンサタデースペシャル 魂のラジオ 毎週土曜日23時30分から25時までオンエアー。
魂ラジブログ
2007年4月
Sun Mon Tue Wed Thu Fri Sat
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30          
カテゴリー
・すべて表示
・魂ラジレポート
・福山雅治インフォメーション
・魂ラジインフォメーション
・最愛
・5年モノ
・スタッフ日誌
・小原信治の草の根広告社
 
ニッポン放送がインターネットで聴けます!!
すべて表示
4月3日 魂ラジレポート
「東京タワー 〜ボクとラジオと時々オカン〜」第四話前篇

1988年11月。
富田靖子主演による一本の映画が、公開された。
就活に悩む女子大生の青春を、恋と友情、そしてなぜかパチンコを絡めて描いた、
「ほんの5g」。
冒頭、富田が訪ねたアパートで、いきなり女性と絡んでいる…という、
過激な濡れ場で銀幕デビューした、一人の新人男優、
いや、俳優がいた。

そう、それは、1987年夏の上京から一年が過ぎようとしていた、1988年の秋。
バイト先の材木屋さんの、美人三姉妹(特に次女)と、
温かな檜風呂の湯けむりに、文字通り流されそうになっていたとき、
わらをもつかむ思いで挑んだ大手事務所アミューズの役者オーディションに合格した、
19歳の福山少年だった。

これは、18歳で故郷長崎を旅立った彼が、
東京で「ラジオ界の国宝」と呼ばれるまでに至った、
20数年に渡る、壮大な上京物語である。

----------------------------------------------------------------------------------
車のマフラーが落ちたおかげで結果を知ることができた、という、
運に運を重ねたボクのオーディションは、無事「合格」という形で終わりを迎えた。
しかし、ボクがそのとき事務所から提示されたのは、
「『養成契約』という契約期間に、一年間で3万円支払います」という条件だった。
年収3万円?
正直、ムカっときた。
嘘だろ?ペソじゃねーんだから…。

さらにアミューズの主張は続く。
「いつ仕事が入るかわからないから、バイトはしてもいいけど、
なるべく融通がきくバイトにしてくださいね」。
そんなバイトがあったら、こっちが教えてほしいくらいだ。
年収3万で、いったいボクは、どこをどうやり繰りして生活していけばいいんだろうか。
オーディションに合格したものの、ボクの頭の中は、
「ナメとんのか」という思いでいっぱいだった。


とりあえず、今までのバイトは辞めなくてはならない。
ボクはお世話になった材木屋さんに、オーディションに合格したこと、
そして都心に引っ越さなければいけなくなってしまったことなど、詳しい事情を話した。
すると、美人三姉妹の父である親父さんは、
「そっかぁ、また何かあったらいつでも戻っておいでね」と、
快くボクを送り出してくれた。
ボクがオーディションを受けるきっかけとなった、元演歌歌手の「中西さん」も、
「がんばってね」とエールを送ってくれた。
あのときは気にも留めなかったけれど、
今にして思えば、親父さんにしても「中西さん」にしても、
応援してくれている半面、どこかでボクのことを心配してくれていたような気もする。

都心に引っ越すとはいっても、年収3万円では到底家賃はまともに払えない。
ボクは、まず一緒に住んでいた同じ誕生日・同じ血液型の同級生で、
ボクより先にスカウトされてホストで働いていた同居人に、引っ越し話を持ちかけた。

ボクらが住むことを決めたのは、三鷹だった。
家賃2万9千円という破格の値段にも納得の、ボロボロの木造アパート。
引越し早々、懲りずに「俺たちの未来に乾杯!」と、
激しく盛り上がっていたボクらのもとに、突然の来客が訪れた。
「ドンドンドンドンドン!」
何度もドアを拳で叩く音がする。
最初は無視していたボクらだったが、あまりにもうるさいので勢いよくドアを開けて、
「んだよ、うるせーな!」
と叫ぼうとした、その瞬間。

ボクの目に入ってきたのは、体中に彫り物の入った強面のお兄さん。
…またか。
どうしてボクはこう、行く先々で人生の先輩とお近づきになってしまうのだろうか。
彼の体に入っていたのは、
筋彫り(彫ってはいるが、色は入っていない状態)ではあったものの、
上半身にさらしを巻いて「うっせーんだよ!」と怒鳴り込んできた彼の風貌に、
ボクらは完全に恐れをなしていた。
「すいませんスイマセン」と平謝りしていると、
体中にイラストの入ったお兄さんが、ボクらに尋ねる。
「お前ら、どっから来たんだ!?国はどこだ、国は!?」
「な、長崎から来ました…」
ボクらが恐る恐る答えると、彼は叫ぶようにこう言った。
「ん?あいつの生まれも確か長崎じゃなかったか…?
よし、お前らちょっとついてこい!」

どうやら、組のどなたかが長崎出身だったらしい。
幸か不幸か、長崎生まれの恩恵を受けて、
ボクらは仕方なく言われた通りに、
真冬にもかかわらず、びっしりと彫り物の入った体にさらしを巻き、
それに上着を引っ掛けただけの、まるで「フーテンの寅さん」のような彼の後を、
すごすごとついていくことになった。
そして着いた先は、なんと吉祥寺のキャバレー。
ボクらが店内の注目を一身に集めながら、
肩身の狭い思いをしたことは、言うまでもない。

そんな夜がしばらく続いたある日のこと、ボクは限界を感じて同居人にこう告げた。
「悪い、俺、先に出るわ」。
ここにいたら、イラストの入ったお兄さんに毎晩キャバレーに連れて行かれてしまう。
身の危険を感じたボクは、たった10日間の三鷹での生活に別れを告げ、
一人渋谷へと向かった。
ボクがやることはまず、渋谷で家を見つけること、バイトを見つけること、
そして年収3万で食っていく道をどうにか探すことだった。


(つづく)
投稿時間:2007-04-03 11:25:09
 
Copyright © 2014 Nippon Broadcasting System, Inc. All Rights Reserved.