福山雅治のオールナイトニッポンサタデースペシャル 魂のラジオ 毎週土曜日23時30分から25時までオンエアー。
魂ラジブログ
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3月14日 魂ラジレポート
「東京タワー〜ボクとラジオと、時々オカン〜 第一話・後篇」
「暴力沙汰を起こして退学」というボクの単純な犯罪計画が、
担任教師の「お前ら、誰にも言うなよ!」という予想外の言葉によってあえなく失敗し、
ついにオカンに「学校行ってくれんね」と泣きつかれたボクは、
3年間、なんとか高校に通い続けた。
そして、少しでも親孝行したいという思いから、就職することを決めた。

だけど、そんな気持ちに反して、仕事にはさっぱり身が入らなかった。
今にして思えば、18歳のあの頃のボクは、
「働く」ということに対して、まだあまりにも子供だった。
「営業行ってきます」と言って会社を出たボクは、海岸に車を停めて、
毎日車の中で吉田照美さんと小俣雅子さんの「やる気MANMAN!」を聴いていた。
「おもしろかー…」
でも、これでいいんだろうか。このままでいいんだろうか。
毎日がそんな風に過ぎていき、「辞めたい」という思いは、日に日に強くなっていった。

「私は、
この度、一身上の都合により、8月31日をもって退職いたしたく…」

入社して数ヶ月。18歳のボクは、会社に退職願を提出し、帰宅した。
「かあちゃん、俺さ。会社辞めて、東京行くことにしたわ」。
ボクは、晩飯を作っているオカンの背中に向けてつぶやいた。
オカンのことだから、どうせ反対するだろうな。
しかし、そんなボクの予想を裏切り、オカンはボクにこう告げた。
「あ、そう。わかった。行ってくれば」。

えらい簡単にOKが出てしまった。おかしい。
数年後、ボクは思い切ってオカンに尋ねてみたことがある。
「かあちゃん、あのとき随分あっさり言うたね」と言うと、
オカンは何食わぬ顔でこう言った。
「私、知っとったもん。机の中、見とったけん。
あんた辞表とか書いてたの、私全部知っとるよ」
「…かあちゃん、あんた昔から、机の中見すぎ!
だいたい、昔俺の大事な洋モノのエロ本、あんた捨てたやろ!」
九州のオカンは、どうも息子の引き出しに干渉しすぎる癖がある。

さらにオカンは、ボクがまったく覚えていなかったことまで、
実にはっきりと覚えていた。
「あのときあんた、初めて私に『ありがとう』と言ったのよね」。
自分自身が昔言った言葉のはずなのに、オカンの口から聞くと、
なんだか別人が言ったみたいな、不思議な気持ちになった。

ボクが親父を亡くしたのは、たしか高2のときだった。
酒飲みで遊び人。やることといえば、マージャンばかり。
昭和40年代、工業大国を目指していた高度経済成長期の日本では、
安い賃金で精度の高い「部品」を作ることに力が注がれていた。
そんな「部品」の一つを作る会社の下請けの、下請けのような会社に勤めていた親父は、
日雇いで稼いだ金で、飲んで帰ってくる。
飲んだ勢いで、ケンカする。手癖も悪い。
当然、家には何の金も入ってこない。
そんな親父だった。

かあちゃんは、兄貴とボクを連れて、何度も家を出ようとした。
なんで親父を好きになったんだろう。
ボクはずっと疑問に思っていた。
でもかあちゃんは、今でも親父のことをこう表現する。
「あれでいて、やさしいところもあったとよ」と。

まともに勉強しなかった高校時代。
会社を辞めて、上京したいといった18歳の夏。
オカンはオカンなりのタフさで、親父を、そしてボクを、
受け入れてくれていたのかもしれない。

誰にも「ミュージシャンになる」と口にできないまま、東京に行く日がきた。
見送りに来てくれたのは、地元長崎の友達と、当時の彼女。
かあちゃんには、出発の時間も知らせなかったような気がする。

走り出すブルートレイン。
ボクは、これから自分を待ち受けるモノに思いを馳せていた。
これから、自分の人生が始まる。やっと、自由になれる。
ミュージシャンになれるかどうかなんて、その時のボクにとってはどうでもよかった。
とにかく、自由になりたかった。
小さな町を抜け出して、自分のことを誰も知らないような街へ、行きたかった。
「自由」の意味さえもはっきりとわからないまま、
ボクはただただ、「自由」を夢見て上京した。

「Midnight Blue Train 連れ去って
どこへでも行く
思いのまま
走り続けることが生きることだと
迷わずに答えて」
(浜田省吾・Midnight Blue Train)

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「寝台特急さくら」で東京に到着した福山少年は、
そのまま山手線に乗り換え、一路新宿へ…。
そこで福山少年が目にした、驚きの東京とは?


『福山雅治版 東京タワー〜ボクとラジオと時々オカン〜』
続きは来週の放送で!
投稿時間:2007-03-14 20:07:40
 
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