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2月1日 小原信治の草の根広告社
「ぼくのおじさん」
 
 誰にだってきっと、無知な世間知らずだったからこそ”やっちゃえた”時がある。
知恵がついて賢くなった今じゃ絶対に言えないようなことも、先のことを考え過ぎて今じゃ”やってみることすらできない”ことも、若さと情熱のままに”やっちゃってた”時が。それは振り返るたびに顔から火が出るほど恥ずかしくて、懐かしく愛おしい。そして、羨ましい。

 20歳の頃だった。アルバイト情報誌で見た「完全出来高制」の文字に魅かれ、右も左も分からないままに始めた「放送作家」という仕事。デビュー作であり、修行作でもある「元気が出るテレビ」で初めて貰ったギャラ明細を見たぼくは、その金額に面食らっていた。テリー伊藤さんこと伊藤輝男さんに「お前きょうから元気の作家だから」と言われて一ヶ月。それこそ家に帰る間もないままにネタ出しから会議だの打ち合わせだのオーディションだのロケハンだの台本書きだのロケだの編集だのM Aだのスタジオ収録だの、一週間をすべて番組作りに捧げて、その金額。週一回の放送一本当たり2万円×4週分。時間給に換算すれば百円いくか行かないかぐらいなのだ。
「これじゃ高校ん時にやってたファミレスのバイトの方が稼げたじゃん…」
 今思えば、そもそも仕事を始めたばかりの素人にちゃんとギャラを払ってくれたことに大感謝なのだが、当時のぼくにはそんな風に思える余裕もない。
「稼がなきゃ…」

 完全出来高制のからくり、単純に担当番組を増やせばギャラも増えることに気づいたたぼくは、新聞のテレビ欄に書いてあった電話番号を見て、テレビ局に電話を始めた。
「『元気が出るテレビ』で放送作家をやってる者なんですけど、○○(番組名)もっとおもしろくできると思うんですけど、担当者の方にお会いできませんか?」
 おそらく視聴者センターかどこかに繋がっていたんだと思うが、今思えば、無知で無謀で顔から火が出るくらい恥ずかしい。何より、自分の実力も知らずにそんなことをしているのだから、恐ろしくてしょうがない。でも、モノ作りの奥深さなど知らなかった当時のぼくにあったのは、ただお金を稼ぎたいという情熱だけ。その無謀な営業行為とてファミレスのウエイターを掛け持ちするくらいの気持ちだったのだ。

 そんな電話をかけ始めて1週間。在京のテレビ局が梨の礫だった(当たり前だ)ぼくは、実家にいた頃よく見ていた地元のテレビ局TVKで目にした、とある深夜の音楽番組あてに電話を掛けた。
「『元気が出るテレビ』の放送作家なんですけど、昨日の夜中にやってた『○○』(番組名)タイトルのわりに全然パンクじゃないと思うんで、何とかしたいんですけど…」
 思い出しただけでも顔から火が出るほど恥ずかしい電話だ。なのに、当時電話に出たTVKの方は言った。
「あぁ、あの番組ウチで作ってるわけじゃないんだ。ビッグワンプロジェクトって会社の笠木さんって人がプロデューサーだから、良かったら連絡してみてよ。おもしろい人だから会ってくれると思うよ」
 そう言って、何の確証もないぼくに連絡先まで教えてくれたのだった。

 翌日、ぼくは、六本木の裏通りにある古い雑居ビルにあった小さな制作会社で、そこの社長さんにして、 番組のプロデューサーである笠木さんと会った。当時ちょうど今のぼくと同じ年くらいだったその人は、ゴルフ焼けにダークスーツの如何にも業界人といった風情。豪快なダミ声でガハハと笑いながら、ぼくの手を握ると、言った。
「君が小原くんかぁ、若いなぁ」
  ナメられちゃいけない。その手を強く握り返すと、開口一番ぼくは言った。
「あの番組、もっとパンクにした方がいいと思うんですよ」(←顔から火が出るほど恥ずかしいけど、当時ぼくはパンクじゃなきゃ音楽じゃない、革命じゃないと本気で思っていた)
 すると、ぼくの目の前で、笠木さんは元々いた作家の先生に電話。突然のクビを告げると、「じゃあ次の収録から頼むね」と、20歳そこそこのガキで素人なぼくを番組のメイン作家にしてくれたのだ(←といってもひとりだけなんだけど)。
「い、 いいんですか?」
「いいの、いいの、パンクな奴ひとつ頼むよ、小原ちゃん」
 ほんの数分で、ぼくは笠木さんの中で「パンクな放送作家の小原ちゃん」になっていた。その時、ぼくはまだスタジオ台本を書いたこともなければ、見たこともなかったのだから、本当に無知は恐ろしいのだが、笠木さんはぼくに輪を掛けた情熱だけで突っ走る、無知な大人だったのである。

その日から、ぼくは忙しい「元気が出るテレビ」の合間を縫い、プロデューサーの笠木さんとの二人三脚でその音楽トーク番組「サウンドファイター」(←アーティストをライトの下で命懸けのボクサーになぞらえたというコンセプトでつけたんだけど…あぁ、タイトルも今思うと恥ずかしい)を作り続けた。そう、30人以上ものスタッフで作る「元気が出るテレビ」とは違って、その番組は、笠木さんがほぼひとりでやっている会社で、笠
木さんが自分で取ってきたスポンサーのお金で、笠木さんがほぼひとりで作っていた番組だったのだ。

情熱だけはあるけど、無知で世間知らずなぼくと笠木さん。
当然、番組作りにおいても、今振り返ると顔から火が出るようなことの連続だった。

アーティストへの取材でぼくは「あした死ぬとしたら最後に演りたい曲はなんすか?」とか訊いてた…あぁ、恥ずかしい。

真心ブラザーズ、Theピーズ、POGO…好きなバンドを集めて、川崎のクラブチッタで番組発のライブイベントも開いた。ぼくがつけたタイトルは「東京音楽革命」…あぁ、顔から火が出るほど恥ずかしい。

そうそう、当時「アクセス」のプロモーションで出演してくれた無名の新人福山雅治さん(21)と初めて会ったのも、この番組だった。

 並行して「元気が出るテレビ」を始め、ほかの番組も手掛けるようになっていたぼくには、だんだんテレビ業界の知恵がついていった。分かっていくうちに、分からないまま夢のようなアイデアを語りながら番組を作り続けていた笠木さんに「笠木さん、それはないでしょ。そうしたいなら、もっとこういうこともやってかないと…」などと、22歳そこそこで、業界人なら誰もが言うような大人の口を叩くようになってしまっていた。でも、そのたびに笠木さんは言った。
「でもね、小原ちゃん、おれは好きなことしかやらないんだよ」

そんな笠木さんとの番組は、二年半続き、ぼくが大学を卒業する直前にスポンサーの降板で終了した。当時は伊藤さんの事務所を離れてフリーでやっていた僕が、この業界でもうひとつ上の仕事をやってゆく為には、おもしろいだけじゃなくて「力」が必要だ、と気づき、秋元康さんの事務所に入った頃のことだった。

 ぼくは打ち上げの席で笠木さんに訊いた。
「笠木さん、番組終わったら会社どうするんすか?」
すると笠木さんはいつものダミ声でがははと豪快に笑いながら、言った。
「どうもこうも小原ちゃん、おれ好きなことしかやらないからねー」

 あれから、15年。それ以降、仕事すらともにしていないが、笠木さんからは一年に一度くらい電話がある。「いまこんなの考えてんだけどさ、どう?パンクでしょ?小原ちゃんどう思う?」
 それは相変わらず、無知で世間知らずの思いつきなんだけど、でもぼくはいつもそこに、あの頃とちっとも変わらない、無知で世間知らずだからこその、誰にも負けない情熱を感じる。そして、凄いのは、その情熱だけで、笠木さんはいつもその思いつきを、たったひとりで形にしてみせるのだ。
「すごいなあ、笠木さんは」
「どうもこうも小原ちゃん、おれ好きなことしかやらないからねー」
 あの日、そう言われて以来ぼくは、笠木さんの情熱のアイデアに、つまらない常識で水を差したり、経験というものさしで計ったりするのを一切やめた。そうすることで、自分の中から確実に失われていく何かに気づいたからだった。笠木さんは電話をくれるたびに、毎回ぼくにこんな風に言う。

「小原ちゃん、相変わらずパンクしてる?」

 下町生まれで、粋でいなせで、あの番組のプロデューサー以外に何をやっていたのか、何をやっているのか、未だに分からない、胡散臭い人。決して業界の中で勝っているとは言えないのに、金払いがよく、決して貧乏臭くない人。そう、まるで「男はつらいよ」の寅さんみたいな。そんな笠木さんから電話が来るたびに、ぼくは年に一度、寅さんから掛かって来た電話を、うざそうに、でも、懐かしそうに、嬉しそうに出る、妹さくらの息子の光男のような気持ちになる。そして、大切な何かを思い出すのだ。あの頃無知で世間知らずだったがゆえに持っていたもの。そして、知恵がついて賢くなってしまったがゆえに、失いかけているものを。そして、思うのだ。

「ぼくはまだ笠木さんの中でパンクな放送作家の小原ちゃんでいられているだろうか?」と。

 そうそう、笠木さんの名前、寅次郎ならぬ、秀次郎だったっけ。

そんな笠木さんが最近情熱だけで、企画構成制作演出、さらに出演までして始めた、音楽番組サイト。
その名も「ブルージャガー」
http://www.bluejaguar.net/
すごいよ。
パンクだよ。
ぜんぶ、自分ひとりで作ってるんだよ。

知識や情報があり過ぎるがゆえに、
夢から尻込みしてしまっている若い奴にぜひ見て、何かを感じて欲しい。
いいじゃん、若いんだし、情熱だけで突っ走ってみろよ。
そんなメッセージを感じて欲しい。

小原信治
投稿時間:2007-02-01 17:07:47
 
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